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 こうしてケーキミックスは大ヒットした。アメリカ国内で売りつくすと、ヨーロッパやオーストラリアにも進出した。どこでも大当たりだった。そして次の有望な市場として日本に目が向けられた。
 調査してみると、日本はすっかり欧米おうべい化しているようだった。日本人の食生活の洋風化はきわだっており、インスタントコーヒー、粉末スープなどの市場がすくすくと成長していた。和菓子わがしがおとろえ、洋菓子ようがしに人気が集まっていた。洋菓子ようがしの売り上げ全体の一わりでも獲得かくとくできれば、利益はじゅうぶん得られる。
 ただし、そのころの日本にはオーブンを持っている家庭がほとんどなく、従来じゅうらいのケーキミックスをそのまま持ちこむわけにはいかなかった。しかし、オーブンはなくても、電気釜でんきがま(自動炊飯すいはん器)ならどの家庭にもある。そこで、電気釜でんきがまで作れるように改良することがケーキミックスの技術的な課題になった。アメリカの優秀ゆうしゅうな技術じんは、この課題を解決し、りっぱな製品を作り上げた。
 そして、日本の主婦にモニター(意見を述べる役)を依頼いらいして、実際に電気釜でんきがまでケーキを作ってもらった。評判は上々だった。
 この結果をふまえ、ケーキミックスの製造会社は自信満々で日本市場に進出することを決定し、日本の大手企業きぎょうとの合弁会社(資金を出し合って作る会社)が設立された。かなりの宣伝せんでん費をかけて売り出すと、たちまちまねをする会社が現れて似たような製品を発売するほどで、成功はまちがいないように思われた。
 ところが、ケーキミックスは日本の市場では完全な失敗だった。さっぱり売れなかった。
 この段階だんかいになって、初めてわたしに原因調査の依頼いらいがあった。わたしは主婦を集めてグループに分け、雑談形式で話を進めてもらった。最初は建て前ばかりでも、だんだんうちとけて本音を言うようになるものである。初めのうち、ケーキミックスを使ったことのない人は、「おもしろそうね。」「作ってみたい。」などと言っていたし、使用経験者も「なかなかよくできてる。」などと好意的な意見を言っていた。しかし、話が進むうちに、
「でも、あれは、バニラ(香料こうりょうの一種)やチョコレートが入っているのよね。」
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という発言があった。これをきっかけに、いっきょに、売れない理由が解明されることになった。
 日本の食文化におけるお米の重要さはいうまでもない。食生活が欧米おうべい化したといっても、一日のうちでいちばん大事な夕食が、いまだにお米中心であるということは、最近の厚生省の調査でも明らかだ。欧米おうべい若いわか 女性が手作りのケーキのよしあしで判断されたように、日本のおよめさんにとっては、ふっくらした白い御飯ごはんをたくことが重要な課題なのだ。
 ライス・カルチャー(お米の文化)といわれる日本文化の中で、お米は純粋じゅんすいさの象徴しょうちょうなのである。白米が尊重そんちょうされ、カレーなどもあくまでも後からかけるものであり、茶飯ちゃめしやピラフは、しょせん基本的な調理にはなりえない。
 その御飯ごはんをたくのと同じ器でケーキを作ると、バニラやチョコレートに汚染おせんされてしまうのではないか――。日本の主婦がひっかかったのはそこだった。
電気釜でんきがまをよく洗えあら ばだいじょうぶだ」
というのは、ひじょうにあさはかな考えで、答えになっていない。人間の心理はそんなに簡単かんたんなものではない。
 日本人のこうした感覚を欧米おうべい人に説明するために、わたしはこういうたとえを用いた。
「これは、イギリスの主婦に、ティーポットでコーヒーを作れ、というようなものだ。」
 この分析ぶんせき結果を聞いたケーキミックスは、きっぱり日本市場から引き上げていった。問題が、そこまで民族的な伝統に根ざしている以上、手の打ちようがないからである。

 (ジョージ・フィールズの「電気釜でんきがまでケーキがつくれるか」にもとづく。開成中)
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