1ヨーロッパにおけるリンゴの栽培は『創世記』までさかのぼり、四千年を越える歴史をもっています。なえ木を導入して明治から始まった日本のそれは、ようやく百年を越えたばかりです。2ウィリアム・テルが息子の頭上のリンゴを矢で射ぬいたときも、ニュートンがリンゴの落ちるのを見たときも、グリム兄弟が、「白雪姫」に毒リンゴを食べさせたときも、日本人は誰もこの果物を知りませんでした。
3こうした歴史の違いは、東西のリンゴのありように大きな差をもたらしました。欧米のリンゴは大衆の中で育ち、生食用、加工用、料理用と多彩な用途に分かれ、小玉でも外観が悪くても、味がよければよしとするポリシーで今日に至っています。4それに対し、日本の場合は、病気見舞いのぜいたく品として出発し、生食用一本で、ひたすら外観重視の「高級化」の道を歩いてきました。こうした流れは、リンゴが十分大衆化した今日まで、変わることなく続いています。
5外国を旅すると一目瞭然ですが、今日、日本のリンゴほど見栄えのするリンゴは世界のどこにもありません。また、そうした外観への極度のこだわりは、リンゴだけではなく、日本の果樹生産の一般的風潮にすらなっています。6料理を目でも食べることが身についている日本人にとって、より美しい果物を食べたいというのは国民性といえるかもしれません。とくに、輸入自由化をひかえた今、国産果実の美観は日本の果樹産業を外国の果樹産業から防衛するための大きなセールスポイントになることでしょう。7また、すべての食べ物は、見た目に汚いよりはきれいな方が精神衛生にいいことも否定できません。
ただ、本末転倒なのは、しばしば味よりも「見てくれ」の方が、「高品質化」の上位に座っていることです。8外国から物や技術を導入してそれを独自に改変し、付加価値をつけて発展させるのは、いわば日本の「お家芸」で、貿易摩擦の要因にもなっています。果
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