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 わたしたちは、日本も外国もみんなおなじようだと思いがちです。そこで、治水のためにはダムを作り、雨をためこみ、そして洪水こうずいをなくそうと考えるでしょう。そういう考えによって、エジプトを流れるナイル川をせきとめ、年々の洪水こうずいをとめて、下流の農業地域ちいきに水利をきりひらき、肥沃ひよくな農村にしようという計画が生まれました。
 ダムには発電所を作り、電気をおこして肥料会社をつくる。その肥料で農地を豊かにしよう。こういう計画がナイルの川をせきとめてつくったアスワン・ハイ・ダムです。
 しかし、これと同じような計画が、すでに、一九〇二年にアスワン・ロー・ダムとしてイギリスによっておこなわれていたのです。規模きぼは小さいのです。しかし、それによって、年々のナイルの洪水こうずいはとまったかに思えました。だが、その結果なにがおこったでしょう。
 エジプトは、非常に暑い熱帯地域ちいきにある国です。そこは、暑さゆえに、たえず地中の水が蒸発じょうはつしていく土地なのです。そういう土地では、塩分が地表にどんどんすいあげられていきます。
 エジプトでは、洪水こうずいがなくなったために、塩分が、どんどん地表に集まりだしたのです。昔ならば、一年一度の洪水こうずいが、この塩をとかして流してくれました。それがなくなったのです。その結果、塩が地表にたまってしまいます。加えて、洪水こうずいのために上流から流れてきた有機物――あのアフリカの密林みつりんから流れでる豊富な有機質が昔は洪水こうずいとともに畑にまかれ、肥料となったものが流れてこなくなってしまったのです。
 こうして、有機質をたくさん必要とする熱帯のはげしい自然条件のもとでは、有機質が急速に不足しだして、作物の収穫しゅうかくはへりだしました。
 おまけに塩分の問題です。この結果、五、六年たつと、畑の収穫しゅうかく量は落ちだし、十年ののちには、畑をすててよそに逃げるに  ということがおこったのです。このためエジプトの砂漠さばくは逆に拡大かくだいしてしまいました。
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 豊かな農地をつくろう、洪水こうずいから農民をまもろうという温帯の人の親切な心が、じつはエジプトの農民から農地をうばったのです。
 風土の違いちが 、それを無視むしして自分たちも相手も同じだという具合に考えると、こうしたことがおきてしまうのです。日本は、外国との仕事上のつきあいがますます多くなりました。みなさんが大きくなる時代には、さらに盛んさか になるでしょう。そうしたとき、自分たちの国の通念で相手を割りわ きって考えると、このエジプトのダムのように、思わぬあやまちをおかしてしまいます。その意味では、わたしたちの時代より、皆さんみな  の生きる時代のほうが、むずかしいということができます。

伊東いとう光晴『君たちの生きる社会』より)
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