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 先日、日本産トキの絶滅ぜつめつが確実になったと報じられた。種の存続そんぞくのためにさまざまな努力がはらわれ、中国産のトキを借り受けてペアリングも試みられたが、失敗に終わった。関係者の落胆らくたんは大きかったにちがいない。
 トキのように絶滅ぜつめつ寸前すんぜんにまで追いこまれた動物や、その数を激減げきげんさせている植物を救おうと努力する姿すがたは、「人間の良識」と評される。その通りと思う半面、偽善ぎぜんではとのむなしい思いが残る。第二第三のトキを生む自然破壊はかいが、日本全国で進んでいるからである。
 一九八九年に環境庁かんきょうちょうが発行したレッドデータブックには、緊急きんきゅうに保護を要する動物だけでも約三万七千種近くが記載きさいされている。イリオモテヤマネコなど、絶滅ぜつめつ危機ききにひんしている動物も多い。
 身近な動物の中にも、姿すがたを見ることがまれになったものが少なくない。日本在来のメダカは外来種に追われて、東京の河川ではめったに見られない。ミヤコタナゴも少なくなった。ゲンゴロウやタガメなどの水生昆虫こんちゅう激減げきげんした。人間の良識とは、その数が激減げきげんしている動植物に対し、早急に保護の手を差し延べるさ の  ことである。絶滅ぜつめつ確実視かくじつしされるまで放置したあとで、救済きゅうさい努力を傾注けいちゅうするということには、大きな矛盾むじゅんを感じる。
 自然保護の先進国アメリカでは、一八七二年、世界に先がけてイエローストーン国立公園を設置した。日本では自然保護など話題にもならないころのことである。一九一六年には国立公園局が設置され、自然景観や動植物の保護に全国的な制度が確立、機能的に運営されて今日に至っいた ている。
 他方日本では、一九三一年に国立公園法が制定され、一九五七年に自然公園法に代わった。自然保護の基本的考え方は先進国のそれを踏襲とうしゅうしたが、戦争をはさみ、戦後は自然保護と経済けいざい発展はってんのはざまでゆれ動き、必ずしもその機能を果たしていないのが実情である。
 アメリカの徹底てっていした自然保護を日本のそれと比較ひかくして、そのちが
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いをなげいていた筆者だが、最近うれしい体験をした。わが家の子供こどもたちが一年以上も飼育をつづけているカマキリの話題である。
 親は秋に産卵さんらんを終えて死んだが、そのたまごが六月に飼育箱の中で孵化ふかした。先日渡米とべいの折、ロサンゼルスの友人たちにこのカマキリの話をした。ところが、かれらの話では、ロサンゼルスではカマキリの捕獲ほかくが禁止されているそうだ。数が激減げきげんしているのがその理由だった。
 東京に比べれば、はるかに土地は広く緑も多い。郊外こうがいにはコヨーテまで出没しゅつぼつし、飼いねこが犠牲ぎせいになるほど自然にめぐまれた都市である。そこで子供こどもたちがカマキリをとらえて飼育観察できないとはさびしい限りだ。
 ロスより自然環境かんきょうは悪い東京だが、都心でも植えこみや生けがきに毎年カマキリのたまごが見られ、六、七月にはあみ戸に張り付く子カマキリの姿すがたが多い。子供こどもたちの通常の捕獲ほかくぐらいでは、減りそうにない数である。アメリカが自然保護で先進国となった一因として、他国より早く自然を破壊はかいしたことも考えられる。今日でもカマキリを自由にとらえて、飼育観察できる東京に、ささやかな幸せを感じた経験だった。
 
 ペアリング…おすとめすの一組にすること。
 レッドデータブック…絶滅ぜつめつのおそれのある野生生物の現状を記録した資料集。
 傾注けいちゅうする…精神や力を一つの事に集中する。
 踏襲とうしゅうする…前人のやり方などをそのまま受けつぐ。
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