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 日本語は、いままで日本民族によってしか使われたことのない内輪の言語、つまり部族言語です。どこの言語も初めは部族言語なのですが、それが外国に広まりだすと、外の視点してんが入ってきて言語の刈りか こみが行われてくるわけです。その刈りか こみがはなはだしいのが英語です。英語というのは、外の視点してんと内の視点してんが合作でつくり上げためずらしい言語なのです。その点、ロシア語などは、多分にまだ内部の視点してんだけの言語ですが、それは国際普及ふきゅうの度合いが少ないからです。日本語などはその最たるもので、これまで外側の目というのはまったくなかった。
 日本人は、自分の国の言語を国語と言ったり日本語と言ったりしますが、国語、日本語の対立は実はこの問題と関係があるのです。国語として日本人が自分の言語を見るときは、完全に内側の視点してんで見ているのです。みんな、日常の文法などは知っているという前提で、日本語の文学とか詩が論じろん られる。つまり基本的知識のある者同士の話なのです。ところが、外国人は、ことばのきまりも発音の仕方も知らないで日本語を習うのですから、外の視点してんしか持っていないということです。
 そして、わたしたちの母語である日本語は、いま徐々にじょじょ 外の視点してんを加味して整理される芽生えが出てきています。もし外国人が日本語を学ぶ勢いがこのまま五十年、百年とおとろえなければ、日本語も大きく変わると思うのです。それは、英語が四百年の間にまったく変わってしまったのと同じで、日本語が国際普及ふきゅうするに従って したが  、外の人の影響えいきょう力が国内の日本語にもおよんでくる。ただ、だからといって、日本本来の内側の視点してん閉鎖へいさ社会のなごりだからやめるというのは、大きなまちがいです。英語でさえも、いまだにイギリス人しかわからない、彼らかれ だけの内側の視点してんの部分があるのです。その外側に、人工的に刈りか こまれた英語の部分が付加されてきたということなのです。
 日本語はまだこの部分が少ない。その証拠しょうこに、日本語の字引はすべて国語辞書です。日本語の辞書は、ほとんどすべて日本語を内側の視点してんからしか見ていません。ですから、日本語国際普及ふきゅうの一つの大きな課題は外の視点してんを取り入れた日本語辞典をつくることで
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す。これは、一つの大事な国家的事業であり、個人ではできないことですから、国際交流基金などが中心にやるべき仕事だと思います。
 日本語は、外国人によって学ばれ、使われた経験がないために、植木屋を十年も入れなかった庭みたいでめちゃくちゃに枝がのびているという状態です。多くの西洋の言語は、ヴェルサイユ宮殿きゅうでんの庭木のように、整然と刈りか こまれ、人工的な手入れがされているのです。かつて大学の先生をやめてフランスで日本語を教えていた学者が、ことごとにフランスには整然たる文法があるのに、日本語には文法がないと言ったのも、そのへんの問題だと思うのです。
 フランスでも、十六、十七世紀のフランス語は、植木屋の手の入らない日本語みたいな状態にありました。それを研究所をつくり、一種の理念にもとづいた人工フランス語をつくって、それを世界普及ふきゅうのフランス語の中心にしたわけです。だから、それはフランス人にとっても学ばなければならない「外国語」でした。高等教育を受けたフランスの知識階級が話すフランス語と庶民しょみんが話すフランス語がいまだにちがうのは、庶民しょみんはお金をかけてフランス語を勉強していないからなのです。外国人がフランス語を学ぶのが易しいのは、人工的に整理されたフランス語だからです。それを文法と、かの学者は呼んよ だわけです。
 日本語にはそれがないのです。日本語は、明治からいままで百年の間におどろくほど変わりました。戦後の四十年間でもどんどん変わっているという野放図な自然言語なのです。これは、外国に日本語はこれですよと教えるときには大きな障害しょうがいになるわけです。ですから、日本は、これからどうやって日本語を刈りか こんでいったら、国際普及ふきゅうの日本語になるかということを考えなければならない。そして、これは国家的な事業として相当大きな研究課題としてお金をかけ、真剣しんけんに取り組まないと、どうにもならないと思うのです。
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