a 長文 3.2週 e
 ピピはまちのどうぶつえんに、つれてこられました。こんどあたらしくひらかれたどうぶつえんです。
 園長えんちょうさんはおおよろこびで、かかりの二郎じろうをよびました。
――二郎じろうくん、しろクマの子どもこ  だよ。きっとみんなよろこぶ。さあひがしのC26ばんにいれたまえ。
 ひがしC26のおりは、ペンギンのしまです。白いしろ 大きなおお  こおりやまがつくってあり、まわりはプールです。もっともこおりはコンクリートせいですがね。しかしペンギンは、つぎの捕鯨ほげいせんでもってきてもらえることになっているので、まだ一ぴきもいません。
 ピピがC26のおりのうらからかおをだしてその白いしろ 氷山ひょうざんをみたとき、どれほどよろこんだことでしょう! おもわず二郎じろうはなをこすりつけたほどです。さあっとからだじゅうにきれいなみずがはしり、青空あおぞらをたべたような気もちき  でした。ピピははねまわって氷山ひょうざんにとびうつり、さて、くびをペタリとつけて、ねそべってみました。きたのくにでは、いつもこうして、おひるねをしていたものですからね。
 ところが、オヤオヤオヤ、くびのところがちっともひんやりしないのです。おかしいな、とおもってピピは、もうすこししたへおりてゆき、そこでまたねそべってみました。やっぱりおなじです。ピピはおきあがって、じっと氷山ひょうざんをみあげました。まっさおななつそらにして、ぐっとつったつなつかしいふるさとの風景ふうけいとおなじです。
 おかしいな。ピピはおもいきってエイッとこおりをひっかいてみました。ジーンと、いたみがからだじゅうをつきとおって、がしびれました。なにしろ、コンクリートをおもいきりひっかいたんですからね! つめがはがれて、ピピの右手みぎては、たちまちまっかです。けれどピピは、くやしくってくやしくっていたみなどかんじません。
 だまされたのです。こんなかたい氷山ひょうざんなどこしらえて!
 ピピはそのときからずっと、おりのおくから、ちっともでませんでした。だまってをとじて、すみっこでねむっているのです。
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おりのなか冷房れいぼうがしてあります。ですから、そとのにせもののきたのくにほどのきちがいめいたあつさはありません。
 二郎じろうもこまりました。なにをもってきてもたべない。どうしてもうごかないのですからね。このままでは、まちがいなしに病気びょうきになります。
 おきゃくさんたちは、まいにち、からっぽの氷山ひょうざんをながめてかえるだけでした。
 どこかでペンギンのこえがしてバタバタと羽音はおとがきこえたようながしました。けれどピピは、もうけっしてをあくまい、からだをうごかすまい、とこころにきめていたので、じっとしていました。それから、からだがもちあげられて、どこかへはこばれるようにもおもいましたが、やはりピピは、そのままじっとしていました。

 それからずいぶん長いなが あいだ、ピピは、こんどはほんとにねむりこんでしまいました。どうぶつえんにもってこられたペンギンたちといれかえに、ピピは、ふたたびきたのくにへつれもどされていったのです。まいにちのピピのひとりぼっちのすがたをみて、がまんできなくなった二郎じろうが、ねっしんに園長えんちょうさんにたのんだのです。ふねはピピをつんで、きたきたへとはしっていました。
 ふねひとたちはこおりうえにそっとピピをおろしました。こおりのつめたさが、すこしずつピピのこころをあたためてゆきました。
――死んし じまったのかな? ひとりがつぶやきました。それから、みんなはいそがしそうにふねにひきあげてゆきました。ピピは、うっすらとをひらきました。
 こんどこそ、まちがいなしに、ほんもののこおり、ほんとのきたうみのにおいです。
 けれどピピは、もう二度とにど おきあがれませんでした。ただ、からだじゅうがかるくなって、すいすいとそらにまいあがってゆくがしました。
 ピピのからだのまっすぐうえそらから、小熊こぐまのとおいほしが、ピピのふるさとの白いしろ 世界せかいを、しずかにみおろしていました。
「ぽけっとにいっぱい」より(今江いまえ 祥智よしとも)フォア文庫ぶんこ
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