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課題集 ベニバナ の山

○子どもたち全員と/ 池新
 子どもたち全員と学校の裏手の雑木山に出かけました。日かげの沢にはまだ汚れた雪が残っていましたが、陽だまりは枯れ葉が柔らかい熱を含み、そこを歩くときに頬に暖かみを送ってきます。子どもたちは歓声をあげ、木に登ったり、蔓にぶらさがったり、カタクリを摘んだりしました。教室にいるときとは別人のようでした。
 枯れ草に腰をおろしていると、六年生らしい女の子が寄ってきました。頬に赤い痣のあるひっそりとした感じの子でした。女の子はだまってわたしのそばにすわり、しばらく枯れ草を引き抜いては編んでいましたが、やがてぽつりと言いました。
「こんどの先生ァ、男先生もおなゴ先生もいい先生だね。」
「…………。」
 わたしはとっさにはこたえることができませんでした。今の今まで村や分校や子どもたちをよく思っていなかったような気がしました。わたしは小さな狼狽を押し隠しながら、女の子の名前や家の仕事のことや兄弟のことを聞きました。里枝というその女の子は、一言一言恥ずかしがるように言い淀みながら自分のことを語りました。訛の強い方言は、わたしには耳ざわりなはずでしたが、おとなしい里枝の口からそれが洩れると、素直にわたしのからだの中に溶けこんでいくようでした。
 先生! とだしぬけに後ろから背中をたたかれ、わたしは思わず悲鳴をあげました。どんぐりまなこの一年生の明が、眼をいっそう大きく見開き、息をはずませていました。
「先生ァ、おらァ卒業するまでいてくれるね。」
「どうして?」
「ほだって……。」
 明は後ろをふりかえりました。明をからかったらしい背の大きい男の子が朴の木によりかかり、照れ笑いを浮かべてこっちを見ていました。
「兼吉がな。ハイカラ先生などァ一年で分校なんかやめて、すぐ町サ帰るって……。」
「先生はハイカラじゃないよ。」∵
「ハイカラださァ、金色の眼鏡かけてェ。」
 わたしは思わず笑いました。女学校の卒業記念に、役場の書記をしていた父が買ってくれた旧式の金縁の眼鏡を、わたしは大事に使い続けていたのでした。

(三好京三「分校日記」)