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課題集 ユーカリ2 の山

★日本の美術ということを(感)/ 池新
 【1】日本の美術ということを考えてみると、時代によって、流派や技法によって、あるいは作者の個性によって、多種多様である。しかし、表現の違いを超えて、日本の美術を貫いている、美の日本的なとらえ方とでもいうべきものがあるのではないだろうか。
 【2】ヨーロッパやアメリカと違った、日本人が受け継いできた美というものがあることは、私たちの誰もが知ってはいる。だが、それはどういうものかということになると、簡単には答えることができない。【3】一つの、現象をとらえて、それは日本画と油絵の違いのようなもの、あるいは能とシェイクスピアの違いのようなものだと言っても、充分な説得力をもたないだろう。【4】日本画と油絵は、単に用いる絵の具や素材の違いにしかすぎないとも言えるし、違いだけで言うなら、能と歌舞伎を比べれば、能とシェイクスピアほどの違いがあるとも言える。
 【5】日本の美というものはまた、外国のものに染まらない純粋な、という意味でもない。日本は大陸と海を隔てた島国ではあるが、歴史的にみれば、あらゆる時代に多かれ少なかれ大陸の影響を受けていることは明らかである。
 【6】従って、大事なことは、個々の表現での外国との違いということではなく、油絵のように比較的新しく外国から入ってきた表現技法も含めて、日本人がいろいろな表現手段を用いて実現していこうとする美に、どういう特質が見られるかということだ。【7】それはおそらく、美術だけでなく、文化全体、ひいては政治、経済、宗教といった分野にも共通する、日本人の精神構造にかかわる問題である。
 私は、美というものは、生きることそのものだと思っている。【8】これは人間だけでなく、この世に存在するあらゆるものについて言えることである。その意味では、日本の美とかヨーロッパの美とかいう区別はない。ただ、日本的な美のあり方というものがあるとすれば、それは日本人がどのように生きてきたかということを考えてみなければならないだろう。∵
 【9】生きることが美であるということは、わかりやすく言えば、たとえば鳥が鳥として、花が花として生きよう、成長しようとしているときには、美しさを表す、ということである。【0】生きようとすることは、生き残ろうとすることでもあり、非常に長い時間の中で考えれば、進化しようとしていることだ。この世に存在するあらゆるものが、生きようとする意志をもっている。人間や動植物だけでなく、私たちには見えないだけで、水や石のようなものにさえ、生きようとする意志があるかもしれない。少なくとも水にも石にもいのちがあり、そのよりよい状態に、私たちは美を感じることができる。
 いのちあるものは生きようとし、そこに美が生まれる。生きることに逆行する、衰退、破壊、枯渇といった状態には、美が表れることはない。
 それでは、日本人の美のとらえ方には、どういう特質があるのだろうか。
 結論を言うなら、私は、まさに日本人の美は、そういうこの世界の万物の、生きようとするところに表れる、いのちの美と一体であるところにあると考えている。この世のありとあらゆるものを、自然と、言い換えてもいい。長い歴史を通じて、自然とともに暮らしてきた日本人は、自然の恵みによって生きられることに感謝し、自然に学びながら文化を形成してきた。どんな小さないのちも、生命を与えられたものは生きようとして努力することを、日本人はよく知っており、そのこと自体に感動し、そこから生き方を学ぼうとする。これが日本人の文化の本質なのだ。

(平山郁夫「生きて生かされて」より)