昨日1072 今日1226 合計2298
課題集 ユーカリ の山

★私たちは、「手を上げよう」と(感)/ 池新
 【1】私たちは、「手を上げよう」と思えば手が上げられます。手を上げるためには、たくさんの筋肉の複雑な収縮が必要ですが、それについては、私たちはなにも知らないのに、手が上げられるのはなぜでしょうか。【2】まず、実際に手を上げた経験があって、それと「手を上げる」ということばとが結びつきます。そうすると、「手を上げよう」と思うと、以前に手を上げたときの脳機能が無意識のうちにはたらいて、ひとりでに手が上がるのです。
 【3】このような現象を随意運動といいますが、要するに、「手を上げよう」という目標に向かって脳がひとりでにはたらくのです。「手を上げよう」というのは意志ともいわれますが、意志さえ強ければなんでもできるというわけではありません。【4】泳げない人が「絶対に泳いでみせる」と力んでも泳げません。つまり、泳いだという経験があって、それと「泳ぐ」ということばが結びついていなければなりません。
 【5】スポーツなどの専門分野では、特別のことばがよく使われます。たとえば、スキーの「前傾」、踊りの「腰を入れる」などというものです。しかし、実際の体験をして、「これが前傾ということなのか」とか「これが腰を入れるということなのか」とわからないと、これらのことばに従って体を動かすことはできません。
 【6】ところで、何をするにしろ、どうしたら失敗するか、ということを知っていて失敗することはめったにありません。どういうわけか失敗してしまうのです。そこで、次に同じことをするときに、「また、失敗するかもしれない」と思うと、ほんとうに失敗してしまいます。【7】前よりもひどく失敗することもあります。これは、「失敗」ということばをきっかけに、以前に失敗したときの脳のはたらきが進行して失敗するのです。
 【8】「失敗は成功の母」といわれるように、失敗を重ねることによって、次第に成功に近づいてゆくのが脳の自然のはたらきです。ところが、失敗を恐れると、脳も人間も発展しません。
 【9】従って、「失敗」ということばのために、以前以上に失敗するというのは、ことばを持っている人間の特徴ともいえます。こういう現象を自己暗示といいますが、「手を上げよう」と思って手が上げられる現象と、よく似ていることに気づくでしょう。【0】つまり、自己暗示は特別に不思議な現象ではなく、私たちはたえず自己暗示によって行動しているともいえます。
 もちろん、「こんどは絶対に成功するぞ」と思い込んでも「失敗したらたいへんだ」ということばに負けてしまう場合があります。∵成功した経験がないと、「成功」ということばでは脳は成功に向かってはたらかないからです。これとは反対に、成功する人は成功を重ね「失敗する気がしない」と自信満々です。どうしたら成功するかは、本人にも自覚されていませんが、以前に成功した経験があると、そのときの脳のはたらきがひとりでに進行して、成功を重ねることになるのです。

 (千葉康則「ヒトはなぜ夢を見るのか」による。静岡県)