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課題集 ユーカリ の山

★交話機能というのは(感)/ 池新
 【1】交話機能というのは、簡単に言えば、ことばがもつ、人と人の気持ちを結びつける作用を指すものである。
 考えてみると、私たちがことばを用いるとき、別に何かを伝えたり、特にあることについて語るというわけでもなく、ただことばを発することそれ自体に、主たる狙いのある場合がある。
 【2】例えば、町中で真夜中あたりに人かげのまったくない時、あるいは人里はるか離れた山道などで、見知らぬ人に出会ったとき、私たちは何となく不安な気持ちになり、緊張することがある。【3】そんなとき、思いがけなく相手が一言「今晩は」とか「いい天気ですね」などと声を掛けてくれると、急に気が楽になって思わず弾んだ声であいさつを返して行き過ぎる、といった経験をもつ人は多いと思う。このようなとき、もし何も言わずに擦れ違ったりすると、何となく後ろが気になるものである。
 【4】このように人は他人に出会うと、必ず心の中に警戒、不安、恐れなどの気持ちが、多少なりとも生まれるもので、都会の人混みに慣れきっている現代人は、このことをあまり意識する機会がないが、いま述べたような状況の下ではその気持ちが表面化してくるのだ。
 【5】人が出会いの際に経験するこの生物的な緊張をほぐし和らげ、次の交流段階に支障なくつないでゆくきっかけ糸口を与えることが、俗にあいさつと呼ばれる言語行動の主たる役目なのである。
 【6】具体的な情報伝達を目的としない、したがって内容があまり重要でないタイプの言語活動は、あいさつのほかにも、たとえば雑談やおしゃべり、さらには井戸端会議などと称せられる、一般には無意味で無駄な時間つぶしと考えられているものに見られる。【7】このような場合、ことばを交わし合うことそれ自体が、互いの心を通わせ、一体感を高める働きをするのである。
 【8】多くの人が仕事の話や用件に入る前に、お天気の話や当たり障りのない短い会話を交わすのも、これがお互いの警戒心や敵意を弱め反対に安心感を高める効用があるからである。
 【9】交話機能とはこのように、人々が本格的な対話関係に入るためのいわば地均じならし、心の波長(ダイヤル)合わせを行うものであり、∵対話者どうしの一体感や帰属意識を高める潤滑油としての働きなのである。【0】

 (「教養としての言語学」(鈴木孝夫)による。岐阜県)