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課題集 ビワ3 の山

○自由な題名 / 池新


○渡り鳥は、果たして / 池新
 渡り鳥は、果たして生まれながらにして渡りの時期と渡りの方向とを知っているのか、それともベテラン古老に何度か導かれて学習するのか。後者ではありえないのではないかという例はいくつかある。
 たとえば、ホトトギスの親は五月ころ日本に渡って来て、自分では巣も作らず、自分の卵とよく似たチョコレート色の卵を産むウグイスの卵を見つけ、親鳥のちょっとのすきをねらって卵を産みつける。帰ってきたウグイスの親は、少し大きい新米の卵にも気づかず熱心に抱卵ほうらんする。やがて孵化したホトトギスのひなは、こだわりもなくウグイスのひなを蹴おとして、ウグイスの親の愛を独占して育つ。しかし、秋が近づきウグイスの親が近くの山へ帰るころ、ホトトギスのひなは何千キロの南国へと旅立つのである。
 まだある。渡り鳥をかごで飼育していると、秋の渡りのころになると、「渡りのいらだち」とか「渡りの興奮」とかいわれる状態が現れる。天空以外、あたりの事物はいっさい見えない条件の下でも、その土地で育ったその鳥は定まった方向を向いて羽ばたくことを繰り返す。その方向は、その土地でその種の鳥が秋に渡る方向にまさに一致する。そして、そのいらだちは、ほぼその種の鳥が越冬地にたどりつく日数だけ続いて静まるのである。
 このことはしかし、もっと疑いのない実験によって確かめなくてはならない。それを確かめるために、繁殖地で、ある種の渡り鳥の卵なりひななりをとり、これを東または西の方向に数百キロも移動して育てる。南北に長く、東西に細い日本ではちょっとやりにくい実験であるが、ドイツなどには、はるか国境を越えて西の方へ運んで実験したという例がいくつかある。秋になり、渡りの時期を迎えた時、このように本来の繁殖地から遠く、東や西に移動されている若鳥は、どの方向に飛ぶかを足輪をつけて確かめようというわけである。この場合、移動された先に同種の鳥が全然繁殖していない場合には簡単であるが、移動先にもそのへんに渡って繁殖している同種の仲間がいる場合には、渡りの時期になって、その土地の同種の仲間が全部旅立ってしまうのを見極めて、その後に移動して育てた若鳥を飛び立たす必要がある。そうでないと、そのあた∵りの同種の鳥の先達の経験者の仲間に加わり、誘導されて飛んだのではないかという疑いが残るからである。
 このような実験はいろいろの種について、いろいろの場所で行われたのであるが、その結果はいずれも、移動された若鳥は、移動される前の場所、つまり、親が営巣した本来の繁殖地からの渡りの方向、それは代々その土地で営巣するその種の鳥が毎年繰り返している渡りの方向であるが、その方向に向かって、数百キロ移動されたことは知らぬかのように飛ぶということである。図で明らかなごとく、AからA’に移動された若鳥は、Aでの渡りの方向A−Cに平行に同じ距離を飛ぶことになるのでA’−C’となり、その種族の越冬地Cからは数百キロもずれたC’に行って越冬することになる。そしておもしろいことには、A’に営巣する同種に属する種類がたとえばA’−Cの渡りをするとすると、今移動された若鳥は、もしその土地に営巣する種族が渡りの旅に勢ぞろいするころ放されると、その土地の同種の仲間の大勢に従ってA’−Cに同調してしまう傾向がある。しかし、その土地の種族の旅立ちが全く終わったころに放すと、かたくなに遺伝的に伝えられたA−Cの方向を守ってA’−C’を飛んでしまうのである。
 この種の実験を卵やひなでなく、渡りの途中のものをBで多数捕らえてB’に運び、足輪をつけて放すやり方でやってみても、B’−CでなくやはりB’−C’を飛ぶ。どうもA地点に営巣するこの種の種族には、A−C方向に飛ぶという至上命令が種族の遺伝として生まれながらに伝えられているとしか考えられない結果である。
 要するに、少なくともその年生まれの若鳥は、とかくその土地での、同種の仲間の渡りの方向に誘導され、同調し易いのではあるが、それとは別に、遺伝的に伝来の渡りの方向の指示を与えられているということは注目に値することである。

(桑原万寿太郎ますたろう「帰巣本能」)

○■ / 池新