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課題集 ヤマブキ3 の山

○自由な題名 / 池新
○学校、危機意識 / 池新

★冬が近づくと、昆虫の変身は / 池新
 冬が近づくと、昆虫の変身は、一時ストップをかけられる。それは、きわめて合理的だ。木の葉もないときに毛虫がかえっても、しようがない。花のない季節にチョウが生まれても、死を待つだけである。虫たちは、冬は休眠に入る。
 休眠に入った虫は、ある意味で仮死状態にある。ひどいときには完全に凍ってしまっている。呼吸もほとんどおこなわない。物質交代は、ほとんど止まっており、典型的な場合は運動もしない。
 生物は動いているときに生物なのだが、それをほとんど止めてしまうのだから、そこには何か特別なしかけがいる。本来、前へ前へと進んでゆくべき変身のシナリオを、一時がっちりと止めてしまうしかけである。このしかけがどんなものか、くわしいことはまだわかっていない。とにかく、日本のように季節変化のはげしい温帯や、さらにもっときびしい寒帯にすむ虫は、大部分このしかけをもっている。
 休眠に入った虫は、こういう「安全に停止した」状態で、寒く乾いた、ひもじい季節をのりきってゆく。すべてがほとんど止まっている以上、これらの悪条件は苦にならない。――彼らは、体の外も中も武装して、じっと冬を耐える――われわれはそう考えがちである。
 だが、このイメージは、まちがっている。彼らは決してそんなに受け身ではない。むしろ彼らは、きびしい冬を要求すらしているのである。
 休眠に入った虫の「停止のしかけ」は、ただ暖かくなったからといってとけるというものではない。昔からたくさんの研究者が、休眠に入ったばかりの虫に、そんな苦しい状態をすごさせまいという温かい親心からか、よい条件を示してやった。つまり、彼らを暖かいところにおいてやったのである。しかし、親の心は通じなかった。虫たちは、いつまでも休眠をつづけ、さめることがなかった。翌年の春になって、戸外の寒さにふるえていた虫たちがぞくぞく休眠からさめ、変身を終えて舞いだしても、文字どおり温室育ちの休眠虫たちは眠りつづけていた。そして、ポツリ、ポツリと死んでいった。たまに眠りからさめて変身をとげたものがいても、∵そのひよわさはあわれをもよおすものがあった。
 親心を示すなら、彼らを冷蔵庫に入れておくべきだったのである。休眠の過程は、じつは決して単なる停止ではない。その間にやはり何かが進行しているのである。具体的に何がおこっているかを示した研究もいくつかある。とにかく、秋、休眠に入った虫たちは、積極的に寒さを必要とする。暖冬異変は、スキー場にとってばかりでなく、彼らにとっても迷惑である。なぜなら経過すべき寒さ、それによって、目覚めへの過程が進行すべき寒さを、十分に得ることができないからである。
 冬の寒さをのりきるという深刻な課題に直面した虫たちは、このような積極的方法を発明した。逃避がつねに敗北にしか終わらないことを考えてみれば、これはじつにみごとな解決法であったといえよう。

(日高敏隆「昆虫という世界」)

○■ / 池新