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課題集 ヤマブキ3 の山

○自由な題名 / 池新
○地域社会 / 池新
○怖い先生と優しい先生、人の手を借りるか自分でやるか / 池新
★人間というものには / 池新
 人間というものには、年齢上のどの時代にも、昔は好かったなあ、という追憶の溜息がいてくるようです。
 私の最初の記憶は、お手伝いさんに背負われていた私です。
 四つか五つの頃まで、私は、生まれ故郷の山の中の小さい温泉場に育ちましたが、それから町に出て、わたしが小学校へ通った頃には、もう私には、町に住むようになって今の自分より、山の中の温泉場にいた幼い私の方が幸福だったと思う心が生まれていました。この心持ちをごく簡単に説明すれば、現実を厭う心の道草と言って好いかもしれません。
 私にとっては、追憶は人生の清涼剤です。
 こんな傾向を持つ私は、よく過去の私にのがれました。そして過ぎ去った私は、いつも、今の私よりどこか幸福だった気がします。
 追憶によって生まれた昔の幸福は今の自分を幸福にしてくれるほど著しい力を持ったものではありません。けれどそこから幾分の慰めは来るようです。追憶は人間を幾分でも慰めるために、あの消極的な一種なつかしい慰めを置いて行くために、時々やって来るのだ。追憶という心のはたらきは、人生の避難所の一つとして人間に与えられた宝玉だ。――私はいつとなくそう考えるようになりました。

(尾崎みどり「花束」)(文章の一部を編集した)

○■ / 池新