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課題集 プラタナス3 の山

○自由な題名 / 池新
◎土 / 池新

★日本にはそれぞれのイエに / 池新
 日本にはそれぞれのイエに家業繁盛や先祖祭祀を中心とする「イエの宗教」があるように、会社にも社業繁栄の祈願や創業者への尊崇を核とする宗教的・象徴的表現形態が存在する。会社といえば、経済的利益をうみだす装置で、宗教的な共同体とは異なるというのが現代の常識かもしれない。しかしながら、会社は世俗的なもので、宗教は神聖なものであるという聖俗二元論は、日本の会社にはかならずしも当てはまらない。
 日本人は私立の会社や学園が宗教的祭祀をおこなうことにあまり疑問をいだかない。家で神仏や先祖をまつるのとおなじように、会社が神仏や社祖の加護を祈願するのはなんら不思議なことではないからであろう。社員も個人としての信仰や宗教的帰属は異なっていても、一部の例外をのぞけば、会社の祭祀に参加することにほとんどためらいはない。(略)
 したがって、会社宗教を理解するための第一歩は、「イエの宗教」との比較である。イエは建物としての家屋を意味するとともに、家族のこともさし、家業と家産を継承し、先祖の祭祀をおこなう集団と考えられてきた。社会人類学的により厳密に定義すれば、イエは純粋な血縁集団ではなく、家族や親族以外にも奉公人などをふくむ社会的な基本単位である。しかも父系、母系にこだわらない双系的な集団であって、ひんぱんに養子縁組をとおしてイエの継承がはかられてきた。つまり、イエは血縁の連続性を犠牲にしても、家業によってうみだされた家産を代々ひきつぎ増大させるべき経済的単位でもあったのである。経済を優先するという意味で、日本のイエは血縁的紐帯じゅうたいのゲマインシャフトよりも利益を中心に編成されたゲゼルシャフトである、といった見解もある。この点、日本のイエは、漢人やコリアンにみられるような、初代の男系先祖からどこまでも枝分かれしていく父系血縁集団の編成原理とはおおきく異なっている。(略)
 他方、先祖祭祀とならんで重要なイエの祭祀に、屋敷神に対する一連の儀式がある。屋敷神は文字どおりには家屋と敷地の神を意味する。民俗学者の直江廣治なおえこうじによれば、その呼び名と祭神は地方によ∵って異なるが、一般的な特徴としては次の点が抽出できるという。まず、屋敷内やその近隣の聖地に、イエないし一族が小さな、つつましい祠をたててまつるカミであること。第二には、先祖が開拓した土地や生業―とくに稲作―にむすびつくカミであること。第三には、三十三回忌や五十回忌のおわった先祖の霊が屋敷神になるという伝承があるように、祖霊信仰が屋敷神の性格に加味されていること。そして最後に、祠のある森の木を切ったり、定期的な祭祀をおこたったりすれば、人間にはげしくたたり、家運がかたむく原因になると信じられていることである。
 ビルの屋上にある祠が屋敷神の延長であることは、直江も指摘している。実際、会社には祠や神棚のあることがめずらしくなく、亡くなった経営者や従業員の供養のために家墓とは別に会社墓をもうけ、毎年追悼法要を執行しているところもある。つまり会社にも「屋敷神」が存在し、会社の「先祖」や「企業戦士」が祭祀の対象となっているのである。また工場をたてるときには、神道式の地鎮祭が執行され、社長が亡くなれば社葬をもって顕彰と告別のセレモニーがとりおこなわれる。

 (中牧弘允『会社のカミ・ホトケ 経営と宗教の人類学』による)