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課題集 ペンペングサ3 の山

○自由な題名 / 池新
○新学期、冬休みの思い出 / 池新

★「まち」とは、自分たちが住み / 池新
 「まち」とは、自分たちが住み、暮らし、働き、学び、遊び、楽しむための共同の空間というハードと、その人々の生活、それを動かすシクミやルールというソフトを含めた全体をいう。ヨーロッパ中世都市は、ブラーニッツによると一年に一度全員が集まって宣誓を行う宣誓共同体であったという。そういう儀式を実際に行ったかどうかは別として、大勢の異なる人々が、自分たちでルールを定めて、それに従って協働して暮らす社会とその器である。
 「まち」は自然にできるものではない。多くの人が集まり、その意思の集積としてつくられる。だが、日本では、東京始め巨大な都市が形成されてきたが、「まち」をつくるという意識がないままに、それぞれの営みをしてきた結果が、現在の街の姿になっている。
 住民は「まち」をつくるという意識をもっていただろうか。無秩序に都市が膨張していく有様を、「自然発生のまち」と表現するが、自然現象として発生したのではない。ここで言う「自然」とは比喩的な表現で、実際には一つ一つ人間の意志による行動の集積だが、「まち」をつくろうという意思も意識もないために、あたかも自然にでき上がったように見えることを言っている。その結果は、とても美しいとは言えない姿になってしまった。全体はとりとめなく乱雑でまとまりがなく、なくてもよいものが至る所に散乱し、個性を失っている。
 一個一個の建築や構造物では、それなりに魅力的なものも造られている。新たに開発された地区には、広場や水辺や緑もあって、けっこう整った姿もあるのだが、都市全体としてみると、互いのつながりもなくバラバラだ。
 なぜ「まち」が美しくなくなったのか。日本人に美的感覚がないのだろうか。そんなことはない。美的センスや造形能力では、世界に通用する優れた個性を発揮してきた。問題は、「まち」という意識がないために、そのセンスや能力が「まち」に発揮されてこなかったからだ。多くの人々が「まち」をつくることに関わっているはずなのに、個人なら自分の家だけを造ると思っている。企業ならいかにして自社の利益を上げるかを考えて建築物を建て、広告物を作る。優良な企業ならば、目の前の利益だけでなく、長期的な利益や企業イメージも考えるはずだが、自分たちも「まち」をつくってい∵る一員だという意識は乏しいままだった。
 これは教育面でもいえる。子供のときから環境や「まち」についてほとんど学習してこない。現在の「まち」のオーナーは市民だし、それを美しくするのも、使いこなすのも市民のはずなのに、自分本位の世界に閉じこもらせてしまった。
 また専門の建築教育では、白図の上の自由に設計する課題を与え、周囲との関係を考えることを教えていない。単体のデザイン能力だけが評価されてきた。あたりかまわず与えられた自分の敷地内で思い切りデザインすればよい。そうした考えで育った専門家では、美しい「まち」ができるはずはない。道路や河川を造る土木技師も、自分の所管する構造物の設計・施工をするだけで「まち」という全体を考えない。
 さらに困ったことには、都市全体を考える立場にあるはずの国や自治体などの公的機関も、目的別に組織され、「まち」をつくる意識がない。タテワリ組織ごとに建築を造り、河川を整備し、道路や橋を建造する。ヨコワリの「まち」全体を意識するよりも、まず自分たちの縄張りを拡大し、そのなかで専門領域の中に埋没してきた。
 都市の景観は、ひとつずつの行動が積み上がってきて形成される。一つの建築物や構造物を設置しようとするときに、その周辺や、もう少し広い地域への関心をもっていれば、全体としての景観は整ったものになるだろう。だが実態は、政府機関までが自己中心に動く。政府も自治体も企業も市民も、全員あげて「まち」を考える発想も余裕もなく行動してきた集積が現在の都市の景観である。

(田村明『まちづくりと景観』より)

○■ / 池新