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課題集 ツゲ3 の山

○自由な題名 / 池新
○お父さんやお母さんと遊んだこと / 池新
★バスや電車に乗ったこと、買い物に行ったこと / 池新

○城あとのまん中に、 / 池新
 しろあとのまん中に、ちいさな山があって、上のやぶには、野ぶどうの実がにじのようにうれていました。さて、かすかなかすかな日照り雨が降りましたので、草はきらきらと光り、向こうの山は暗くなりました。そのかすかなかすかな日照り雨がはれましたので、草はきらきら光り、向こうの山は明るくなって、たいへんまぶしそうに笑っています。そっちの方から、もずが、まるで音ぷをばらばらにしてふりまいたように飛んできて、みんな一度に、銀のすすきのほにとまりました。
 野ぶどうはかんげきしてすきとおった深い息をつき、葉からしずくをぽたぽたこぼしました。
 東のはいいろの山脈の上を、冷たい風がふっと通って、大きなにじが、明るい夢の橋のようにやさしく空にあらわれました。そこで、野ぶどうの青白い樹液は、はげしくはげしく波うちました。
 そうです。今日こそただの一言でも、にじとことばをかわしたい。丘の上の小さな野ぶどうの木が、夜の空にもえる青いほのおよりも、もっと強い、もっとかなしいおもいを、はるかの美しいにじにささげると、ただこれだけを伝えたい、ああ、それからならば、それからならば、実や葉が風にちぎられて、あの明るい冷たいまっ白の冬のねむりにはいっても、あるいはそのままかれてしまってもいいのでした。
「にじさん。どうか、ちょっとこっちを見てください。」野ぶどうは、ふだんのすきとおる声もどこかへ行って、しわがれた声を風に半分とられながら叫びました。
 やさしいにじは、うっとり西のあおい空をながめていたおおきなあおいひとみを、野ぶどうに向けました。
「なにかご用でいらっしゃいますか。あなたは野ぶどうさんでしょう。」
 野ぶどうはまるでぶなの木の葉のようにプリプリふるえてかがやいて、いきがせわしくて思うようにものが言えませんでした。
「どうか私のうやまいを受け取ってください。」
 にじは大きくいきをつきましたので、黄やすみれ色は一つずつ声をあげるようにかがやきました。そして言いました。∵
「うやまいを受けることはあなたもおなじです。なぜそんないんきな顔をなさるのですか。」
「私はもう死んでもいいのです。」
「どうしてそんなことを、言うのです。あなたはまだお若いではありませんか。」

(宮沢賢治「花の童話集」)