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課題集 チカラシバ3 の山

○自由な題名 / 池新
○けがをしたこと / 池新
★お父(母)さんの子供のころ、おふろ / 池新
○プールで遊んだこと / 池新
○吾一はそとへ / 池新
 吾一ごいちはそとへ遊びに行きたかったが、あいにく、おっかさんもいないので、買ってきたものを、置きっぱなしにして行くわけにはいかなかった。こんなにしていると、焼きイモがつめたくなってしまう。彼はさめないようにと思って、袋のままふところに入れて、あっためていた。しかし、おとっつぁんも、おっかさんも、なかなか帰ってこなかった。
 と、えりとえりの合わせ目から、なんともいえない香ばしいにおいが、ほど合いのあったかさを持って、ぽうっとのぼってくる。吾一ごいちは大いに誘惑を感じたが、思いきって、両方のえりをぴしんとかき合わせて、顔を横のほうに向けていた。それでも、あごの下のほうから、香ばしいにおいがあがってきたが、彼は目をつぶって、がまんをしていた。すると、今度は焼きイモのぬくもりで、おなかがだんだんあったかくなってきた。あったかになってくると、腹がときどきガマのように、グーと、うなりだした。
 そのころ、吾一ごいちはおやつをたべていなかったから、わけても腹がすいていた。お小づかいをもらわないわけではないけれども、小づかいはなるたけ貯金するようにと、学校の先生から言われて以来、それを実行しているのである。しかし、三時ごろになると、毎日おなかがすいてたまらなかった。けれども、そこを我慢して、小づかいをつかわないようにしなくてはいけないのだと思って、こらえているのである。しかも、これをたべたところで、貯金は少しもへるわけではない。あごの下からは、あい変わらず香ばしいにおいが鼻を突いてきた。焼きイモのにおいというものは、特別、鼻を刺激する。
「おだちんに、一つぐらい、いいだろう。」
 とうとう、こらえられなくなって、吾一ごいちは袋の中に手を突っこんだ。
 きょうのは丸やきなので、わけてもうまかった。彼は夢中で一つたいらげてしまった。一つたべると、前よりかえって食欲が増してくる。と、ひとりでに手がふところの中にはいって、また一つ取∵り出した。さっきの焼きイモ屋での不愉快なことなんか、もうすっかり忘れてしまっていた。
 そして、一つ、二つとたべているうちに、一銭ぐらいの焼きイモは、いつのまにかなくなって、ふところの中は、新聞がみの袋だけになってしまった。
 ぺしゃんこになっている袋が、指のさきにさわった時、吾一ごいちは言いようのない寂しさにおそわれた。彼は泣きだしたいような気もちになった。そして、ふところの新聞がみの袋を引っぱり出して、はしのほうを、わけもなく、ちぎっていた。

(山本有三 「路傍の石」)