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課題集 テイカカズラ3 の山

○自由な題名 / 池新
○この一年、新しい学年 / 池新


★人間が生きていくために / 池新
 人間が生きていくために、どうしても欠かせないものを四つあげなさい、と言われたら、みなさんは何をあげますか。
 まず、空気がありますね。そして水、食物、ここまではほとんどの人が考えることと思います。
 さて、四つ目は?
 サルの研究で有名なM・スワンソンさんという生物学者は、人間が生きていくために不可欠な四番目の要素として、コミュニケーションをあげました。
 彼女――M・スワンソンさんは女性です――によりますと、
「人間は、どんな人でも、コミュニケーションのできる相手を持たないとき、病気になって死んでいく」
ということです。
 私は、これまで、コミュニケーションということばをくり返し使ってきましたが、その意味は、心の通じ合い、ということでした。
 しかし、コミュニケーションの考え方をもっとよく言い表している、私の大好きなことばがあります。
 それは、このM・スワンソンさんが言ったことなのですが、
「コミュニケーションとは、人間の心の温かさの交換である」
ということばです。
 素晴らしいことばだと思いませんか。みなさんにも、ぜひ覚えていただきたいと思います。
 このことばについて説明することは何もありませんが、一つだけ注意してもらいたいのが、「交換」ということばです。これは、ことばのキャッチボールがそうであったように、コミュニケーションというのは、一方通行ではなく、両面通行であるということです。つまり、心の温かさの交換というのは、思いやりのやりとりということになります。
 M・スワンソンさんが言っている通り、私たち人間は、おたがいに人間的な心の温かさを感じ合えるような人が、この世界に一人もいなければ、生きていくことはできません。たとえ、行き来をしたり、手紙をやりとりしたり、一緒に住んだりしなくても、心の温かさを感じ合える人が必要なのです。∵
 もし、家族も、親戚も、友だちも、先生もいなかったとしたら、どうなるでしょう。話し相手も、遊び相手もいなかったら、どうなることでしょう。
 自分が一人ぽっちになり、話し相手が一人もいなくなったときのことを想像してごらんなさい。ロビンソン・クルーソーのように、南海の孤島にたった一人ぽっちで残されたときのことを考えてみてください。たとえ、食べることが保証されていたとしても、ずっとその状態が続いたら、私たちはふつうの生活を送っていくことができないのではないでしょうか。
 M・スワンソンさんはサルの研究をしていますが、サルにとっても、コミュニケーションは非常に大切なことなのです。
 彼女の実験によりますと、群れをなして生活をしているサルの中から一匹だけ隔離すると、一週間もすると、サルの行動が目に見えて変化してくるそうです。仲間たちとのコミュニケーションが断ち切られたことによって、サルの行動に狂いが生じてくるのです。
 いろいろな例が報告されていますが、一つだけ紹介してみます。
 サルは全身毛で被われていますが、その毛を一本ずつ一生懸命に抜いていくのだそうです。寝ているときと食べているとき以外は、ほとんど毛を抜き続けているので、しまいには、抜いたところが赤むけになり、気持ち悪くて見ていられないぐらいになるそうです。ところが、このサルを元の仲間のところに帰してやると、この毛抜き作業がぴたりと止み、ふつうの状態に戻るそうです。
 私たち人間も、だれ一人としてコミュニケーションのできる相手がいなくなってしまったら、精神にどのような狂いが生じ、どのような行動をとることになるのか、考えただけでも恐ろしい気がします。∵
 転校したときや見知らぬ土地で一人暮らしを始めたときに感じる孤独感は、コミュニケーションの大切さをよく物語っています。そんなとき、私たちは、友だちが欲しいなあ、話し相手が欲しいなあ、と思います。つまり、コミュニケーションのできる相手を求めているわけです。
 そして、実際にコミュニケーションをすることによって、新たな人間関係をつくり出し、新しい環境の中で生活していくことができるようになるのです。
 人間というものは、コミュニケーションのできる相手が多ければ多いほど、楽しく充実した生活を送ることができます。そして、その積み重ねが、豊かな実りある人生につながっていきます。そうした人生が送れるように、ことばのキャッチボールがあるのです。

(斎藤美津子「話しことばのひみつ」)