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課題集 テイカカズラ3 の山

○自由な題名 / 池新
○新学期、冬休みの思い出 / 池新
★寒い朝、学校からの帰り道 / 池新

○カキが、わらっている / 池新
 「カキが、わらっている。」
 花子は、そう思って木のえだに足をかけた。カキの実の皮がさけて、そこが黒くなり、ちょうど、口をあけてわらっているように見えるからだ。鳥がつついたので、そうなったのか、霜かなにかのかげんでそうなったのか、わからない。そんなことはどうでもいい。あのわらっているカキの実が、あまいんだ。学校から帰って、カキの木にのぼって、もいで食べるのが花子のこのごろのたのしみだ。
 きのうの雨で、カキの木はだはぬるぬるしていたが、木のぼりじょうずな花子には、たいして苦にはならない。去年、えだにつかまったまま、それがおれて、どしんと落ちたことをふと思いだしたが、そんなこともへいちゃらだ。
 「そら。」手をのばして、わらったカキの実をもいだ。大わらいをしているカキを見つけては、ズボンのポケットに入れる。どろぼうポケットといって、ふくろみたいに大きい。それが、左と右についているから、たいていのものはまにあう。
 大きいのを五つずつもいで、ポケットに入れた。「まだまだ入るのだが、まあ、このくらいにしてきょうはやめとこう。あしたのおたのしみー」
 花子は、カキのえだをつたわって、おもやの屋根にのりうつる。屋根がわらがわれるとしかられるので、ネコみたいにはってあがり、むな木の上にまたがった。
 そうして、大きな口をして、わらっているカキの実にかぶりついた。花子の口も、なかなか大きい。食べながら下を見ると、家の前の道で、七つか八つの女の子が、花子のほうを見あげている。
 女の子は、緑色とべに色の水玉もようの服をきていた。水玉のふちを黒でかこんでいる。だから、ちょっとステンド・グラスみたいな感じだ。
 花子は、あまいしるをたのしみながら、女の子の服地のもようを見ていた。
 カキの実を、二つ食べてしまい、三つめを手にしたとき、女の子は、まだ、そこをうごかないでいる。
 「あの子、カキをほしいんだな。」と思った。見たこともない女の子だけれど、花子は、屋根の上から声をかけた。
「これ、落としてあげるから、うけなさいよ。」
 女の子は、なんのへんじもない。聞こえないようでもある。そこで、花子は、もういちど大きな声でさけんだ。
「ほら、これ、落としてあげる。うまくうけなさいよ。」
 そうして、右手でソフトボールのたまをなげるような、モーションをしてみせた。女の子は、べつに両手をあげて、うけとる∵ようなかっこうもしない。
 「こわいんだな。あんな小さな女の子に、ここからなげたのじゃ、すこしむりかな。」
 花子は、またネコになって、そっと屋根をはいおりて、カキの木をつたわり、そこからするすると地面におりてきたが、カキの実はうまくつぶれなかった。

(石森延男「カキ」)