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課題集 ルピナス3 の山

○自由な題名 / 池新
○風 / 池新

★いちばん新しい推計によれば / 池新
 いちばん新しい推計によれば、この小さな惑星の表面には、五十億もの人間が群れている。今からそれほど遠い昔ではない石器時代には、地球上における人類の地盤は軟弱なものでしかなかった。それ以来、人類は拡大を続け、今のように災厄のごとく蔓延するまでに人口を増やしてしまった。しかし、人類が地球環境に施してきた変化が、この惑星を人類の居住には適さないものへと急速に変えつつある。われわれは、自らの創意の犠牲者である。その創意は、今でさえばく大な人口をここ四十年以内に倍増させて百億の大台にのせてしまうことだろう。人類は希少種ではない。それなのに、絶滅のおそれのある種なのである。
 われわれはまさに、生存の危機に直面している。しかし、そうした事実を隠すことはたやすい。世界にはまだ、すべてが万事うまくいっていると言葉巧みに信じ込ませられるような場所が存在している。たとえばアフリカには、空気が澄みわたっていて美しく、野生動物はのんびりと歩き回り、かなたには広大な地平線が横たわっているという場所がある。そういう土地を訪れると、自然そのものは安泰であるかのような印象を受ける。見かけとは、あてにならないものなのだ。
 人間は、かつてそこにあったものがわずか二世代あまりで姿を消してしまうほどのスピードで、自然の空気を侵略している。はたしてそういうことが必要なのかと、われわれ全員は自らに問いかけるべきである。その破綻は避けがたいものなのか。われわれは、あまりに多くのルールをあっさりと破ってきたのではないか。
 環境保護論者たちの頭の中は、水質を汚濁し、土地を荒廃させ、大気を汚染する人間の行為に関することでますますいっぱいになりつつある。しかも、人間が自らに対して犯している罪はもう一つある。それは、動物との契約に対する違反である。その契約とは、この地球を共有するうえでのパートナーとなるために人間とそれ以外の動物とのあいだで交わされたものである。
 その契約の原則は、個々の種は、他の生物との共存が十分に可能な限度内に自らの個体数増加をとどめなければならないというものである。もちろん生物間の競合は存在する。しかしそれは、一部の∵人たちが想像しているような、情け容赦のないものではない。ほかの生物をすべて一掃するほど残酷なしかたで競合するような生物種が収める勝利は、むなしいものでしかない。そうやって支配する土地は荒れ果てた不毛の地にすぎず、不毛の地が生物を養うことはない。そして支配する種とて、その例外ではない。
 人間以外の動物たちは、お互いどうし結んだ契約になんとしても敬意を払うよううまくやってきた。われわれ人類は、かれらに学ばなければならない。もしアフリカの草原にすむライオンが、空腹でもないのにシマウマやアンテロープを手当たりしだいに殺しまくったとしよう。それも、自分は強くて足も速いからしようと思えばできるからというだけの理由でそうしたとする。そうすれば、獲物はただちに絶滅し、ライオン自身も滅ぶことになる。生物種はみな、互いに依存し合っている。肉食動物には草食動物が必要であり、草食動物には草が必要である。個体数の過密は飢えを意味する。個々の種はみな、個体数が破滅的なレベルを越えるのを防ぐために、独自の個体数調節機構を進化させている。いちばんありふれたやり方は、混みすぎたらメスが繁殖を中止してしまうというもので、卵や胎児の発生が止まったり、産んだ子どもを育てられなくなったりするのである。そうすれば個体数は、もう一度繁殖を開始できるレベルにまで減少し、正常な増殖が再開させられる。

(デズモンド・モリス 渡辺政隆訳「動物との契約」)