昨日582 今日505 合計160330
課題集 リンゴ3 の山

○自由な題名 / 池新
○山 / 池新

○「私」は、複雑な家庭に / 池新
(「私」は、複雑な家庭に育った十五歳の少年ポールを両親から引き取っています。)
「どうしてぼくのことを放っておいてくれないんだ?」
 私はまた彼の横に腰を下ろした。「なぜなら、おまえさんが生まれた時からみんなが放ったらかしておいて、そのために今、おまえは最低の状態にあるからだ。おれはおまえをそのような状態から脱出させるつもりでいるんだ。
「どういう意味?」
「おまえが関心をいだく事柄が一つもない、という意味だ。誇りをいだけることがまったくない。知りたいと思うことがない。おまえになにかを教えたり見せたりすることに時間をさいた人間が一人もいないし、自分を育ててくれた人々には、おまえが真似まねたいような点が一つもないのを見ているからだ。」
「なにも、ぼくが悪いんじゃないよ」
「そう、まだ今のところは。しかし、なにもしないで人から見放された状態に落ち込んで行ったら、それはおまえが悪いんだ。おまえはもう一人の人間になりはじめる年齢に達している。それに、自分の人生に対してなんらかの責任をとりはじめるべき年齢になっている。だから、おれは手をかすつもりでいるのだ」
「それとウェイト・リフティングとどんな関係があるの?」
「得意なものがなんであるか、ということより、なにか得意なものがあることの方が重要なんだ。おまえにはなにもない。なににも関心がない。だからおれは、おまえの体を鍛える、丈夫な体にする、十マイル走れるようにするし、自分の体重以上の重量が挙げられるようにする、ボクシングを教え込む。小屋を造ること、料理を作ること、力いっぱい働くこと、苦しみに耐えて力をふりしぼる意志と自分の感情をコントロールすることを教える。そのうちに、できれば、読書、美術鑑賞も教えられるかもしれない。しかし、今は体をきたえる、いちばん始めやすいことだから。」
「それでどうなるの?」ポールが言った。「ぼくは、もう少したったら、また帰るんだ。結局なんにもならないじゃないか?」
 私はポールを見た。青白くやせこけて鳥のように縮こまっており、背を丸めてうなだれている。髪が伸び放題だ。指にささくれが∵できている。「なんというかわいげのない小僧だろう」
「たぶん、そういうことになるだろう。だからこそ、おまえは帰るまでに自立できる能力を身につけなければならないのだ。」
「えっ?」
「自立心だ。自分自身を頼りにする気持ちだ。自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ。おまえはまだそれだけの年になっていない。おまえのような子供に自主独立を説くのは早すぎる。しかし、おまえにはそれ以外に救いはないのだ。両親は頼りにならない。両親がなにかやるとすれば、おまえを傷つけることくらいのものだ。おまえは両親に頼ることはできない。おまえが今のようになったのは、彼らのせいだ。両親が人間的に向上することはありえない。おまえが自分を向上させるしかないのだ。」
 ポールの両肩が震えはじめた。
「それ以外に道はないんだよ」
泣いていた。
「おれたち二人でやれる。おまえはある程度の誇りを抱き、自分自身について気にいる点がいくつかできる。おれは手助けができる。二人でやりとげることができる」
 背を丸めうなだれて泣いており、骨がごつごつしている肩の汗が乾きかけていた。私はほかになにも言うことがないまま、彼とならんで坐っていた。彼の体に触れなかった。「泣くのはかまわないよ。おれも時折泣くことがある」

(R・B・パーカー作・菊池光訳『初秋』)

○■ / 池新