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課題集 リンゴ3 の山

○自由な題名 / 池新
○雨 / 池新

○私たちの体が / 池新
 私たちの体が膨大な数の細胞からできていることは、みなさんもよくご存じだと思います。ではその細胞はいったいどのくらいの数があるのでしょうか。
 体重六〇キロの人で約六十兆個もあります。キロあたり約一兆個の計算で、生まれたばかりの赤ちゃんでも三兆個の細胞をもっています。とにかくちょっとピンとこないくらいのすごい数ですが、もっとすごいことは、この細胞の一個一個に、例外を除いてすべて同じ遺伝子が組み込まれていることです。
 人間の体はいろいろな部分で成り立っていて、見た目やはたらきはずいぶん違っています。たとえば髪の毛と爪と皮膚。この三つを見ても、とても同じ仲間とは思えないでしょう。しかし、これらは全部細胞と呼ばれるもので、構造やはたらきは基本的に同じ。そしてその細胞のはたらきを決めている遺伝子もまったく同じなのです。
 そこで、細胞の仕組みをここで簡単に説明しましょう。
 一つの細胞の中心には核があって核膜でおおわれており、その核のなかに遺伝子があります。元をたどればこのたった一個の細胞(受精卵)からスタートして、いまのあなたがあるのです。一個の受精卵が二個に、二個が四個に、四個が八個に、八個が十六個に……と細胞が次々に分裂を繰り返し、途中からは、
「おまえは手になれ」
「おまえは足になれ」
「俺は脳にいく」
「俺は肝臓になる」
 と、それぞれ手分けして母親の体内でどんどん分裂を続けて、十月十日で出産、細胞数約三兆個の赤ちゃんの姿になってこの世に誕生する、というわけです。
 もちろん、その後も細胞はどんどん分裂を続けますが、問題は遺伝子です。
 遺伝子は細胞の核のなかにあり、ここにDNA(デオキシリボ核酸)という物質があるのですが、この物質こそ私たちが遺伝子と∵呼ぶものなのです。
 その構造については第一章で詳しく説明しますが、ここで簡単にいっておきますと、DNAはらせん状の二本のテープになっていて、そのテープ上に四つの化学の文字で表わされる情報が書かれている。この情報が遺伝情報で、そこには生命に関するすべての情報が入っていると考えられています。
 ヒトの細胞一個の核に含まれる遺伝子の基本情報量は三十億の化学の文字で書かれており、これをもし本にすると、千ページの本で千冊分になる。そして私たちはこのDNAに書き込まれた膨大な情報によって生きているのです。
 これだけの膨大な情報量をもった遺伝子が、六十兆個の細胞の一つ一つにまったく同じ情報として組み込まれているということは、体のどこの細胞の一片をとってきても、そこから人間一人を立派に誕生させることができる可能性をもっているということです。
 しかし、ここで一つ大きな疑問が生じてきます。どの細胞も人間一人の生命活動に必要な全情報をもっているとしたら、爪の細胞は爪にしかならず、髪の毛の細胞は髪の毛の役割しか果たしていないのはどうしてなのか、ということです。
 髪の毛の細胞が急に「心臓の仕事をしたい」、心臓の細胞が「俺は今日から爪の仕事をする」などといい出すことはないのか。各細胞がもつ情報はすべて同じなのですから、それは潜在能力的には可能なことなのです。
 しかし現実にそういうことは起きていません。それは爪の細胞の遺伝子は爪になることはOK、つまり遺伝子をオン(ON)にしているが、それ以外はいっさいダメ、つまりオフ(OFF)にしていると考えられるからです。詳しいことはまだよくわからない部分もあるのですが、受精卵から分裂して体をつくっていく過程で、細胞間でなんらかのそういった取り決め、役割分担みたいなものが行なわれ、以後は各細胞がそれをきちんと守っていると考えられています。
(村上和雄『生命いのちの暗号』)

○■ / 池新