昨日582 今日1079 合計160904
課題集 ジンチョウゲ3 の山

○自由な題名 / 池新
○読書 / 池新
○実力主義、専門と教養 / 池新
○ハマーショルドの日記は / 池新
 【1】ハマーショルドの日記はきわめて特異である。国連事務総長という要職にあった人の、またその職責にひたむきに献身していた人の手になるものでありながら、職務にかかわる記述が一行としてない。【2】それを読んだだけで書き手の職業を言い当てるのは、おそらく不可能だろう。世俗的な属性だけではなく、時間も空間もすべて超越しているかに見える。時折現れる日付さえ、この印象を拭い去りはしない。【3】それはそうだろう。この日記は彼と「神とのかかわり合いに関する白書のようなもの」(友人のレイフ・ベルフラーゲ宛の遺書)なのだから。
 【4】神との対話は透徹した自己省察となる。もし神の視線が自分に照射されたなら明るみに出されるのは何か、それを測り尽くすとでも言うかのように、ハマーショルドは自分の弱さと卑小さを見つめ続けた。【5】「それから目をそらしたなら、たちまち自分の行動の誠実さを脅かすことになるから」(一九五七年四月七日)である。傲慢さや自己憐憫、怯懦や取るに足らぬ自尊心を徹底的に排除した。【6】彼にとって誠実な生の営みとは、存在にまつわるそれらの夾雑物をぎりぎりまで削ぎ落とすことだった。日記中に引用されている次の文章が、そうした彼の思考をあますところなく伝えている。
 【7】大地に重みをかけぬこと。悲愴な口調でさらに高くと叫ぶのは無用である。ただ、これだけでよい。
 ――大地に重みをかけぬこと。(一九五一年・日付不明)
【8】「大地に重みをかけぬこと」とは、言いかえれば自己放棄つまりおのれを空しくすることを意味する。この自己放棄(ないしは自己滅却)という言葉はしばしば日記の中で用いられており、ハマーショルドの思想的中心点の一つだと言ってよい。【9】それは夾雑物に惑わされたり、自分自身にのみ拘泥したりせぬことである。こうして彼は、精神の高みに飛翔する瞬間のために準備を続けた。【0】∵まさに魂の彫琢とでも呼ぶほかはない。
 何がこれほどまでに、彼を魂の彫琢に駆り立てたのだろうか。この人の「憧れ」は何であったのか。ここで私たちは、「よき死のための成熟」という一つの答えに出会う。
「死はおまえから生に捧げる決定的な贈物たるべきであり、生に対する裏切りであってはならない」(一九五一年・日付不明)、そう彼は自分に語りかけている。そこに見られるのは、漠然とした死への恐怖などではなく、躍動する生の営みの果てに積極的に死を迎え入れようという、確固たる姿勢である。みずから命を絶つあきらめでもなければ、他人の生を踏みしだく傲慢さでもない。
 死を「生に対する贈物」にすべく彼が求めてやまなかったのは、「成熟」ということだった。一九五三年四月七日、国連事務総長に就任した日の日記には、くり返しそれへの渇望が書かれている。たとえば、「成熟――なかんずく、子供が仲間と遊んでいるときのように、現在の瞬間に明るく澄んだ無心さで遊び、仲間と心がひとつになりきって影ひとつささぬ境地」。遊びほうける幼子との結びつけが意表を衝くが、この「無心さ」が、実は自己滅却と同じものであると考えるならさほど不思議はない。こうして彼は、国連事務総長という、「世界で最も不可能な仕事」(初代事務総長T・リー)を、気負いもたかぶりもせずに、成熟と自己滅却という自分自身の原則を静かに再確認することだけで始めたのだった。

(最上敏樹『国境なき平和に』による)

○■ / 池新