昨日463 今日160 合計154501
課題集 ゼニゴケ3 の山

○自由な題名 / 池新
○雪や氷、なわとび / 池新

★のび太の孫の孫のセワシ君が / 池新
 のび太の孫の孫のセワシ君が、未来の世界からタイムマシンでやってくるところから、このお話は始まっている。ドラえもんとは何か。それは、のび太の残した借金が多すぎて、百年たっても返しきれないセワシ君が、どじなのび太の運命を変えようとして、現代に送り込んだロボットである。だから、ドラえもんがなすべき仕事は、当然、のび太を援助して、その悪い運命を改善することである。
 しかし、考えてみれば、ドラえもんのおかげでのび太の運命が改善されてしまうと、セワシ君がのび太によって受けた被害もなくなってしまい、彼がドラえもんを送り込んだ理由そのものが消えてしまう。そのとき、のび太の借金のせいで貧乏だったセワシ君は、いったいどこへ消えてしまうのだろう。そして、ドラえもんがいまのび太の家にいるその原因そのものが消えてしまってもなお、ドラえもんはそこに存在していられるのだろうか。
 そう考えると、ドラえもんとはきわめて不思議な存在であることがわかる。彼は、いま自分がそこに存在している原因と、その存在理由そのものを、消し去るために存在しているのだから。自分の存在理由を消し去ることがその存在理由である存在! 彼が少しでも内省力のあるロボットなら、ある日そのことに気づいて、「ぼくっていったい何のために存在しているのだろう」という実存の不安に襲われるはずである(実際にはそんなようすはまったく見られない。のび太ほどの思索力もない、能天気なやつなのである)。
 いや、そうではなく、この話には論理的な矛盾が内在しているのかもしれない。ドラえもんとは、そもそも不可能な存在なのかもしれない。『ドラえもん』の世界は二つの矛盾した事態の成立を主張している。ドラえもんの援助を受けないのび太と、ドラえもんの援助を受けているのび太。借金で首がまわらないセワシ君。等々。この矛盾をどう考えたらよいだろうか。
 (中略)
 それを変える? そうだ、とセワシ君は言うであろう。ぼくはこの境遇を変えたいんだよ。ぼくは、自分が幸福になりたいから、この不幸の原因を取り除いているんだよ。∵
 しかし、借金で首がまわらないセワシ君の境遇は、もう実現してしまっているのだ。ここで、第四の可能性が考えられる。セワシ君が大借金をしている世界と、セワシ君が借金などしていない世界とは、二つの別の世界なのだ、と考える可能性である。しかし、もしそうだとすると、セワシ君もまた二人いることになるから、貧乏だったもとのセワシ君自身の境遇はちっとも改善されないことになる。ドラえもんの活躍のおかげで、どこかの世界に裕福なもう一人のセワシ君が存在するようになっても、自分自身の運命はぜんぜん改善されないのだ!

 (永井均『マンガは哲学する』による)

○■ / 池新