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課題集 ニシキギ3 の山

○自由な題名 / 池新
○がんばったこと / 池新
○私のくせ、つまみ食い / 池新
/ 池新
○日本人は働きすぎだと / 池新
 日本人は働きすぎだとよくいわれます。どうやら平均的な日本人は、そもそも働くことが好きなのだ、としかいいようがなさそうです。いいかえれば、働くこと以外の楽しみを知らないのが日本人ということなのでしょうか。
 「生産性」という言葉があります。その定義はさまざまなのですが、雇用者一人あたりの付加価値(売上げマイナス原材料費)で生産性をはかることにすれば、イギリスの生産性は日本のそれよりも圧倒的に低いものと予想されます。また、イギリスの工場でつくった製品よりも、日本の工場でつくった製品のほうが、品質がすぐれており、しかもムラのないことが予想されます。こうした予想はたしかに当たっています。しかし、だからといってイギリス人の生活ぶりがよくないとか、イギリス人はもっと働くべきだ、ということにはなりません。働く時間を最小限にとどめておいて、働くこと以外の「生活」をエンジョイするというのも、長い歴史をへたうえで、イギリス人がたどりついたひとつの「選択」なのです。
 逆に、日本人のように働くことが生きがいだと考えるのも、ひとつの「選択」であることに変わりはありません。大切なことは、選択肢がほかにいくつもありうることを、君たちがちゃんと心得ておくことなのです。働きバチになることが日本人の宿命だ、などと考えてもらっては困るのです。君たちのお父さんやお祖父さんの「選択」にしばられる必要はまったくありません。多様な選択肢のありうることを知ったうえで、君たちの一人一人が、自分の価値観にてらして自分の生活の仕方を「選択」すること、すなわち「選択の自由」をもつことが必要なのです。
 フランスや西ドイツでは、かなり長期間の夏休みをとるのがあたりまえとされています。三―四週間の夏休みをとって、家族や友人と連れだって避暑地にでかけて、ゆっくりとすごします。もし日本でおなじような夏のすごし方をしようものなら、別荘のもち主でないかぎり、途方もない大金がかかります。四人家族が三泊四日で海水浴にでかけようとすれば、二十万円ぐらいの出費を覚悟しておか∵ねばなりません。電車や飛行機の運賃、高速道路の通行料、ガソリン代、リゾート・ホテルの宿泊費、レストランでの食費、遊興施設の入場料などが、諸外国にくらべて日本では、格段に高いのです。日本でフランス人なみの夏のすごし方をしようとすれば、いくら倹約しても、締めて百万円ぐらいはかかるでしょう。たかが避暑のために、こんな多額の出費をする人はまずいないと考えてよいでしょう。
 しかも三週間の夏休みをとれば、夏休みをとらない場合に得ていたはずの収入を犠牲にしなければなりません。このことをむずかしくいえば、それだけの「機会費用」を支払わなければなりません。たとえば、日給一万円のタクシーの運転手さんが三週間も仕事を休めば、二十一万円の機会費用を支払ったことになります。その分までふくめて考えると、三週間の夏休みを避暑地ですごすのに要する費用はもっと高くなります。
 ですから、多くの日本人にとって、夏のお盆の時期に、猛暑の中、渋滞する高速道路を運転していなかに帰って、親せき縁者との再会を楽しむのが、精一杯の夏休みなのです。いなかに帰れば、宿泊費はタダのはずですし、四人家族が自家用車で帰省すれば、JRで帰省するよりも、費用はぐんと安上がりになります。お盆には会社が休みになりますから、機会費用も支払わなくてすみます。フランスでは、夏の二ヶ月間が、事実上のお盆なのです。パリの街は、夏場、お盆の東京なみに閑散とします。子どもの夏休みも、日本よりは一ヶ月以上も長いはずです。
 日本人がなぜ働きすぎるのかを説明する理由のひとつとして、余暇をすごすためのコストが、日本では異常に高いことをあげておかねばなりません。もうひとつの理由は、日本の学校制度が子どもたちに過酷な課外学習を強いることです。

(佐和隆光「豊かさのゆくえ」)