昨日582 今日787 合計160612
課題集 ニシキギ3 の山

○自由な題名 / 池新
○成績がかわったこと / 池新
○私の好きな季節、わたしの母(父) / 池新

○兄ちゃんが初めて / 池新
 兄ちゃんが初めてカメラを手にしたのは、小学校の三年生の誕生日のときだった。お祝いに買ってもらったおもちゃみたいなカメラだったが、とにかく写るものだから、おもしろがって、さなえばっかり、たくさん撮ってくれた。さなえは、まだ幼くて、それだけにカメラの前でおどけたり、本気になって泣いたり怒ったり笑ったりしたから、ずいぶんおもしろい写真が撮れた。だから、その頃のさなえのアルバムはずいぶん厚い。
 兄ちゃんは、その後何度かカメラを換えた。カメラが良くなるにつれて、さなえの方も大きくなって、昔ほどカメラの前で、無邪気になれなくなっていた。すると、兄ちゃんの方も気乗りしないのか、少しずつ、別のものを撮るようになっていった。さなえは、そんな自分のことも、兄ちゃんのことも、ちょっぴり寂しかった。
 そしてある日、兄ちゃんは、たまたま裏山(といっても中央アルプスの山の一つなのだ)へ入ったとき撮ったモモンガの飛行写真がやみつきで、山へ写真を撮りに入るようになったのだった。
 オオコノハズクがありノスリがあった。アオバズクもホシガラスもあった。兄ちゃんがスライドに作ったものを、時折、二階の部屋の白壁に映してくれるのを見ているうちに、さなえも、鳥が好きになってしまった。飛び立つときの身構え、飛んでいるときの身ごなし、飛び降りるときの姿――そのどれもがやさしく強い美しさにあふれていた。兄ちゃんに言わせれば、「めったに撮れない」カワセミの後ろ姿の大写しなんかは、大きな宝石のように美しく、さなえは何度見ても見飽きることはなかった。
 さなえは、自分もそんな写真を撮ろうとは思わなかった。ただ、そんなすてきな写真を撮る兄ちゃんと一緒にいて、そんな写真を撮る手伝いがしたかっただけなのだ。
 ――木に登ってさ、ブラインドはってさ、そン中に何日もたてこもるなんて、さなえには、できっこないよ。
 とか、∵
 ――夜中にタヌキなんかが、不意に駆け出してきたら、心臓が止まるくらいびっくりするぞ。さなえなら、きっと、止まるもンな。
 とか、
 ――たちの悪いハンターに鳥と間違えられて、木にいるとこを撃たれたりするんだぜ。よせよせ。
 とか、人のことを一人前に扱ってくれないのだから、さなえは、おかんむりなのだ。そんなとき、さなえはいつも、小さいときの出来事を思い出し、もっと悔しくなるのだった。それは、さなえが初めて海へ連れていってもらったときのことで、初めてヒトデを見つけたさなえが、
 ――あ、お星様の影が落ちてる!
 と叫んだのを、兄ちゃんに大笑いされ、何度も繰り返して笑い話の種にされたことだ。
 (兄ちゃんたら、いつまでたってもさなえのことを一人前に扱ってくれないんだから……)
 そんなある日、兄ちゃんは、何を思ったものか、さなえにおみやげをもって帰ってくれた。小さなフクロウのヒナで、それはまるで、あの不思議な毛玉ケサランパサランみたいに、頼りなくふわふわしたものだった。さなえの手のひらにも十分収まるくらい小さく、それでも目もくちばしも羽根も一人前にちゃんとそろっていて、さなえのことをまっすぐ見つめるのだった。ヒノキ林で拾った、親鳥の巣を探したが、どうしても見つからなかった、独り立ちできるまで、めんどうをみてやろうと考えて持って帰ってきた、そいつをさなえに任せたいのだけど、できるかい?――というわけだった。
 さなえはこおどりした。兄ちゃんのことを嫌いになりそうだったことなど、いっぺんに忘れてしまった。
 ――ちゃんと育てて、また森へ返せるくらいにしてくれたら、そのときは、さなえを「助手」として、山へ連れてってあげる……。
 兄ちゃんはそう言ってくれ、さなえはうれしくて、るるるるとキジバトみたいにのどを鳴らして喜んだ。
今江いまえ祥智よしとも「あたたかなパンのにおい」)