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課題集 ネコヤナギ3 の山

○自由な題名 / 池新
○春を見つけた、種まき / 池新
○がんばったこと、給食 / 池新

★子どもたちの好きな昔話に / 池新
 子どもたちの好きな昔話に「王様の耳はロバの耳」というお話がある。どういうわけかロバのような耳をした王様がいた。それが知られるのが嫌でいつも帽子をかむっていた。ただ、床屋にはそれがバレてしまうので、床屋に散髪してもらうたびにその床屋を殺していた。とうとう、ある床屋があまりにも助命を願うので、「秘密を守る」ことを約束させて帰らせてやった。ところが、その床屋は秘密を守っているうちに変な病気になってしまう。占師が彼に対して、その病いは言いたいことを言わずにいるためのものだから、誰にも聞かれないようにして町のはずれの柳の木に向って、言いたいことを言えばよい、と教えてくれる。
 そこで床屋は柳の木に向って、「王様の耳はロバの耳、王様の耳はロバの耳」と話すと、病気はすぐに治ってしまった。ところが、その後、風が吹いて柳の木が揺れる度に、「王様の耳はロバの耳」と鳴りはじめたので、国中の人が王様の耳の秘密を知ってしまった。王様はそれを聞いて、皆に知られてしまったのなら仕方がないと帽子をぬいでしまわれた。ところが、国民はむしろそのような王様を尊敬して、「ロバの耳の王様」として敬愛するようになった、というお話である。
 子どもたちは、この話のなかで「王様の耳はロバの耳」という面白い繰り返しを何度も楽しみながら、彼らにとっても大変重要な「秘密」ということと深く関連するものとして、興味をもって聞くようである。確かに、この話は秘密の機微について多くのことを教えてくれる。まず、秘密を守っていて病気になった床屋のこと。これは秘密を守ることの辛さや難しさを端的に示している。秘密は身体内に進入してきた異物のように、外に排除しないとたまらないときがある。
 人間の心はある程度のまとまりをもって存在している。多くの場合、秘密はそのまとまりを壊しそうなものであることが多い。王様を尊敬することと、王様がロバの耳をもっていることは簡単には両立∵し難い。それに、王様がロバの耳だということは、凄いニュースバリューももっている。床屋がしゃべりたくなるのも無理はない。そして、それを辛抱し続けることは身体の病気をさえ引き起してしまうのである。
 王様にとって「ロバの耳」は運命によって与えられ、いかんともし難い欠陥であった。彼にとって出来ることは、あらゆる手段を講じてそれを隠して通すことであった。そのためには、殺人ということも避けられなかった。王の犯した多くの「殺人」は、彼が秘密を守るために、どれほど多くの「感情を殺し」、「人間関係を殺し」てきたか、と考えると了解しやすいだろう。実際、われわれは自分の欠点を隠すために、どれほど多くのことを殺すことだろう。
 ついでながら、殺されるのが床屋というのも面白い。床屋は髪型を変えるという意味で、「人格の変化」との関連で夢や物語によく現われる。王は自分の欠点を隠すことに固執して、自分の人格の変化のチャンスを見殺しにしていたのである。
 ところで、ある床屋の嘆願に王は心を動かされ、殺すのをやめる。誰かの心情に動かされることは、何か意味あることが行われるきっかけとなることが多い。王はそれまで殺してきた自分の感情に敢て身をゆだねることを決意した、ということができる。王はその後、自分の隠したい秘密が国中に広がっていることを知ったとき、すぐに床屋を罰することをせず、その経緯を知って、それが「柳の木のそよぎ」によって広まったことを知った。人間がいかに努力をしても、「自然」の力には抗し難いときがある。そのことを知った王は、自然の力の前に文字どおり「脱帽」したのである。
 王のこのような態度に接して、国民は王の隠したがっていた欠点を知ったにもかかわらず、前よりも王を敬愛するようになった、という点が大切である。人間は自分の大きな欠点が他人に知られたと∵しても、必ずしもそれによって他から軽蔑されるとは限っていないのである。国民が「ロバの耳の王様」と言って敬愛したということは、王の欠点がかえって国民の親愛の情を引き出す通路となっている、とさえ言えるのである。
 欠点を知られること、秘密を知られることなどは、必ずしも軽蔑されるきっかけとはならないし、むしろ逆のことさえ生じるのであるが、「ロバの耳の王様」の話が示唆するように、そのようなことが生じるためには、それにふさわしい努力や、時の熟することなどの要素が必要なことを忘れてはならない。

(河合隼雄「子どもの宇宙」)