昨日252 今日127 合計152217
課題集 ネコヤナギ3 の山

○自由な題名 / 池新
○マラソン / 池新
★節分、ランニングをしたこと / 池新

○子供の頃の私は、 / 池新
 子供の頃の私は、ものすごく内気で引っ込み思案、何事にも消極的で、胸の中で考えていることがおよそ行動にあらわれず、オドオド、ウジウジしていた。現在の私と知りあった友人達は、まず信じてくれないが、間違いなくかわいそうなほどおとなしい子だった。(中略)
 このまま、ずっと大きくなっていくなんてあまりにつまらない。自分自身を変えてしまえば、こういう状態から抜け出せるのにと子供心に感じていた。
「こんな子じゃイヤだ!」と思い続けてはいても、一度出来上がってしまった周りの状況も、持って生まれた性格も、そうそう簡単には変えられるものではない。
 相も変わらぬ内気な表皮の下に、変わりたい、変わりたいという願望が吹き出し口をみつけられないままたまりにたまっていった。
 それが、思いがけず一気に爆発したのは、忘れもしない小学校三年の正月、三学期が始まって少したった朝だった。その年の正月に父を亡くし、忌引でしばらく休んでいた私はその朝、いつにも増して不安な面持ちで学校に向かった。深呼吸をしてやっと教室の戸を開けたというのに、私の席だったところに何と見知らぬ女の子が座ってる。きっと都会からの転校生なのだろう。垢抜けしたかわいい子だった。ランドセルを背負って突っ立ったまま鼻の奥がツーンと痛くなるのを感じていた。遠巻きにしたクラスの子達も、私自身でさえこれ以上は何も起こらず、やがて先生が来ておしまいになると思っていた。
「何でここに座っているの?」
「だって先生が言ったんだもの。ここの子しばらく休むからってさ」
 こぼすまいと思っていた涙が、胸の中でグラグラ煮えたって、吹き上がった気がした。
「そうかい。じゃ、私は帰らせてもらうわ」
 あっけにとられているクラスメートをぐるりと見回し、バタンと勢いをつけて戸を閉めると、その足で職員室に向かい、先生に∵無期限登校拒否を宣言した。先生は悪気があったわけではなかったと思う。きっと、あの子なら大丈夫だろうと考えていたのだろう。でも私はたった今、あの子であることをやめた。
 ついさっき来た道を家に戻る時、ほんの少し前のちょっと背を丸めた自分とは、まるで違う自分が歩いているようで、景色まで変わってみえた。
 たった一人のストは、確か一週間かそこらで学校から先生方がやってきて話し合い、納得して終了した。再び、以前と同じように登校したが、もう私自身は以前のようではなかったし、友人の私を見る目も変わった。
 こんな自分じゃイヤだと幼心に思い始めてから、その思いを自分の血肉にするまでずいぶん長い年月を要したことになる。自分自身を生まれ変わらせる、自分の生き方を変革するといった、自らの核に関わることを、自らの意志で動かすというのは、結構しんどい。後が続かなければ、さらにズルッと深みにはまりかねないし、さあ変わらねばと頭から指示が来るようでは、機がまだ熟していないのかもしれない。
 私がとっさにとってしまった行動は、もちろん、おっ、今が変身のチャンスだと考えてのことではない。周囲をも、自分をもびっくり仰天させた出来事は、あの時、私のもっとも自然な反応になっていたのである。
 ただ困ったことに、母はその時の私の内面的変化をキャッチしそこなった。
 母は、それ以来、私の表面的変化にため息をつき続けている。
「まさかこの子が……」と絶句し、もういい加減年になった娘をつかまえていまだに「こんな子じゃなかったのに」と嘆いている。
 こんな子に大変身した私のフォッサマグナは、小学三年、九歳の冬にくっきり横たわっている。
(吉永みち子「九歳の冬」)