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課題集 ナツメ3 の山

○自由な題名 / 池新
○私の机 / 池新
○私の夢、飼っている生き物 / 池新

★気圧のせいで、耳がへんなんだ / 池新
――気圧のせいで、耳がへんなんだ……。
 サトルはつばを飲みこんだり、鼻をつまんで息をむりやり吹きだしてみたりする。プールに深くもぐって耳がへんになったときにも、おなじようにした。
 ガサッと音がして、まわりの音がちゃんときこえるようになった。エンジンがゴーゴーとうなっている。うるさいけれど、耳につまっていたものがとれたみたいで、気持ちがいい。
 雲の層からでると、窓のそとに真っ暗な空がひろがった。機体が、すこしななめにかたむく。かたむきながら、すべるようにおりていく。銀色のフラップが、めくれるように上にあがった。
 宇宙へとつながる夜空の下に、光のじゅうたんをひろげたような街の明かりが見えてきた。
 オレンジ色の光の線と、星のような緑色の光の点滅。そのあいだをぬって動く赤い光の帯は、道を走る車たちのテールランプだろうか。
――なんて大きな街なんだ。まるでSF映画の未来都市みたいだ……。
 サトルは口を半開きにしたまま、目をうばわれている。光のじゅうたんの、はしからはしまでが見わたせない。真っ暗な空の下ぜんぶがキラキラ光っている。飛行機はつばさをしならせて、星雲の中心にすいこまれるようにして高度を下げていく。
 サトルは、さっきまでサッカーのゲーム機をピコピコやっていたが、いまは、その小さなボタンを押すこともわすれて、目の下のまぶしい世界をのぞきこんでいる。
 光の海がぐんぐん近づいてくる。明かりのついたたくさんの窓がならんだビルや、高速道路が自分の目の高さとおなじになり、オレンジや緑の光が線になって、うしろに飛んでいく。
 体がうくような感じがして、ドンッとおしりが下からつきあげられた。着陸すると、四つのエンジンがものすごい音をだして逆噴射した。飛行機のスピードが見るまにおそくなる。窓のそとのけしきが、ゆっくりと流れていく。
 飛行機はまだ滑走路の下をすべっているのに、となりの席のお父さんは、もうシートベルトをはずしてしまった。ほかの人たちはまだじっとすわっているのに、お父さんだけがそわそわして落ちつきがない。∵
 飛行機に乗っているあいだじゅう、ずっとそうだった。分厚い書類のたばをめくったり、ノートパソコンのキーをカチャカチャたたいたりして、ともかくじっとしていなかった。
 サトルは、なにもしないでぼーっとしているお父さんを見たことがない。だまって遠くを見ていたり、目を閉じてなにかを考えているようなお父さんを見たことがない。いつもなにかしていて、いつもいそいでいる。いつも「いそがしい、いそがしい。」といい、そして、ときどき「つかれた。」とため息をつく。だからサトルは、そんなお父さんとちゃんと話をしたことがない。
――だれのお父さんも、みんなおなじようにいそがしいのだろうか。それとも、ぼくのお父さんはとくべつなのだろうか……。
 サトルは、ときどきそんなことを考える。

(戸井十月「カチーナの石」)