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課題集 ナツメ の山


 強い風が、ひっきりなしに吹いていて、足もとの赤い砂を、まいあがらせていた。
 遠くに、巨大な、おわんをふせたみたいなドームがあり、その中に、町らしいものがあるのが、まるで砂ばくのしんきろうのように見えた。
「ここが、ぼくの生まれた星だよ。」
 レオナの声が、直接、ぼくの心にかたりかけてきた。ほら、いつか雨の日に、林の中で、心と心ではなしあったみたいにさ。
 そして、ふりむいたレオナの目は、暗やみに光る宝石のようなみどり色――。
「歩いてごらん。」
といわれて、ぼくは一歩、足をふみだした。ところが、ふわっと体が浮かびあがっちゃうんだ。ふつうに歩こう思っても、ふわふわ、ふわふわ……。月に着陸した宇宙飛行士が歩くのを、見たことがあるかい? ちょうど、あんな感じ。
「そうか。地球より、重力がないんだな、この星は。だから、きみは、あんなに体が重かったのか。走ることも、ボールを投げることもできなかったのか。」
「そうなんだよ。この星、シリダヌス座サイプロン星の重力は、地球の約三分の一なんだ。ぼくにとっては、地球の表面を歩くのは、おもりを引きずっているのと同じだったんだ。」
 レオナはいった。なん度もいうようだけど、ぼくたちは、心と心ではなしあってたんだよ。
「ごめんね。長いあいだ、うそをついて……。きみをだますのは、ほんとうにつらかったよ。でも、これでもう、きみにもわかっただろう。ぼくが一りんの花にも、感動していたわけが。ここでは、植物はいっさい、育たない。定期的に、もうれつな砂あらしがおそってきて、根こそぎ、だめにしてしまうんだ。また、ここには、四季もなく、雨も降らず、昼も夜もない。いや、つねに夜だというべきかな。」
 レオナは、まっ暗な空をあおいだ。
「地球へいって、はじめて青空を見た時、花を見た時、ぼくはこんなに美しいものが、この世にあるだろうかと思った。そりゃあ、図かんでは知っていたよ。チューリップも、菜の花も、ヒマワリも。でも、本は、花のにおいまでは、教えてくれない。それなのに、きみたちは、少しもありがたいとは思わないんだからなあ。
 ほら、いつかふたりで、手をつないで、空をながめただろう。雨を感じただろう。あれは、ぼくがテレパシーをつかって、きみに感じさせたんだ。 ぼくと同じように。つまり、あの時、きみは、ぼくの目をとおして青空をながめ、ぼくの耳をとおして、小鳥の声を聞いたんだよ。」
「そうだったのか。じゃあ、ぼくたちが、いまはなしているのも、そのテレパシー?」
「そうだよ。テレパシーというのは、ことばをつかわずに、心と心ではなすこと。自分の心を、あいての心におくること。」
 その時、とつぜん、はげしい風が吹いてきて、ぼくは目をつぶった。鼻に、口に、砂がはいりこみ、息もできないくらいだ。
 やがて、風がおさまるのをまって、レオナはいった。
「ほんとうの砂あらしにくらべれば、いまのはそよ風みたいなものだよ。こうした自然の中では、なによりもおたがいにたすけあわなければならない。そうしなければ、生きていけないんだ。弱い者いじめをするよゆうなんて、もちろんない。子どもだからといって、あまやかされることもない。ここでは、子どももおとなと同じように、さまざまな仕事をうけもっているんだ。
 ぼくが地球をおとずれたのも、仕事のうちさ。 地球の学校の調査、昆虫や植物の採集。まだ、実けんの段階だけど、ぼくたちはいま、特殊な光線をあてて、野菜や植物をさいばいしているんだ。それに成功すれば、ドームの中に、オアシスができる。」
 そこで、レオナは言葉を切り、じっとぼくの目を見つめた。

「宇宙人のいる教室」(さとうまきこ)より