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課題集 ナツメ の山


 そういえば、お母さんが庭いじりをしなくなって、もうずいぶんになる。
 うちは、ぼくが一年生になった時、いまの家へ引越してきた。それまでは、マンションの八階に住んでたんだ。
 お父さんの会社には、少し遠くなったけれど、こんどの家には、小さな庭がついていた。はじめのうち、お母さんは、ひまさえあれば庭へでて、花のなえを植えたり、種をまいたりしていた。あのころはほんとうにきれいだったな。
 せまい庭いっぱいに、春は、チューリップ、三色(さんしょく)スミレ。夏は、朝顔が芽をだし、つるを伸ばし、青や紫の大きな花をつけた。
 でも、ぼくが三年生になって、お母さんが会社へつとめるようになると、だんだん庭は荒れてきた。きっと、仕事と家のことで、いそがしくて、花どころじゃなくなっちやったんだな。「そうだ。ぼくもスミレを持って帰って、庭に植えようかな。」
「ああ。植えろよ、ぜひ。」
 力をこめて、レオナはいった。
 林の中には、あちこちに、点てんと、青い星みたいなスミレが咲いていた。
 それから、ぼくは、自分用にもう一かぶ、スミレを掘りかえし、落ちていたカップラーメンのうつわにいれ、レオナといっしょに林をでた。
 いつのまにか、空は夕やけに、そまっていた。
 ゆっくりゆっくり、レオナにあわせて歩きながら、ぼくは思いがけないプレゼントでももらったような気がしていた。そりゃあ、こんなつもりじゃなかったよ。でも、まあ、いいじゃない。きょうはそれなりに、たのしかったんだから。
「だけど、おまえ、これ、どうやって持って帰るつもりだったんだよ、ひとりで」
 ぼくは花の植わった箱を運んでやっていた。ぼくのスミレは、レオナがたいせつそうに、むねにかかえていた。
「ああ、そうか、いけない。ぼく、スミレにむちゅうで、そこまで考えなかった。」
といって、レオナはぺろっとしたをだした。
 家へ帰ると、ぼくはさっそく、庭のレンガの花だんにスミレを植えた。六時にお母さんが帰ってくるのが、とてもまちどおしかったな。
「お帰り? ねえねえ、ちょっときて。ちょっと、ちょっと。」
 ぼくは、お母さんの手を引っぱって、庭へつれていった。
「何よ。いそがしいのよ。すぐに夕ごはんのしたくしなくっちゃ。――あら、スミレ……。」
 ぼくとお母さんは、花だんの前にしゃがみこんだ。きれいね、とお母さんがつぶやいた。
「ぼくが植えたんだよ。林の中に咲いているのを、友だちがおしえてくれたんだ。」
 そういってから、(あれ?)と、ぼくは首をひねった。いま、ぼく、レオナのことを友だちっていったよな。それも、ごく自然に。
 林と聞いても、お母さんがちっともおこらないのが、またふしぎだった。
「やっぱり、花はいいわね。なんだか、ほっとするわ、花を見てると……。ねえ、テツヤ。また、いっしょに庭いじりしようか。前みたいに。」
「うん。やろう、やろう。」
 はずんだ声で、ぼくはいった。
 それにしても、ほんと、きょうは思いがけないことの連続だったな。

「宇宙人のいる教室」(さとうまきこ)より