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課題集 ムベ3 の山

○自由な題名 / 池新
○草 / 池新

★自宅や会社の電話番号を忘れないのは / 池新
 自宅や会社の電話番号を忘れないのは、そこに何度も電話をかけることによって、反復学習しているからだとも言える。記憶には、この反復学習が非常に効果があると言われている。
 記憶について研究した人に、ドイツのエビングハウスがいる。このエビングハウスによると、何かを一度覚えても、二〇分後にはその半分を忘れ、二四時間後に三分の二を忘れてしまう。しかし、残された三分の一はなかなか忘れず、一カ月後でも五分の一ほどを思い出すことができるという。
 しかもこのとき、一度覚えたことを、少し間を置いて再び思い出させたところ、それから二四時間経ってもその八割がたを記憶していたそうだ。
 つまり、一度記憶しただけでは覚え切れなくても、それを反復して覚えさせると記憶はより確かになる。だから、一度習ったことはそのままにしないで、もう一度思い出してみるか、同じことをもう一度記憶するべきである。一度の反復学習で駄目なら、二度、三度とやってみる。それでも駄目なら七度も八度も繰り返して覚える。こうして飽きずに反復学習を繰り返していくと、たいていのものは頭の中に定着してしまう。
 勉強で、予習と同時に復習が大切だと言われるのは、このような大脳のメカニズムを利用しているわけだ。また、自宅や会社の電話番号を覚えられるのも結局、何度も同じ場所に電話をかけているうちに無意識に復習しているからである。
 記憶は、自信とも関係がある。
 スタンダールの「赤と黒」の中で、主人公のジュリアン・ソレルが密使となり、長文の手紙を届ける場面がある。ジュリアン・ソレルは、途中で敵に捕らえられてもいいように、その手紙を受け取ると同時に全文を暗記しようとする。密書を託した人間は不安になって、「忘れるのではないか」と問いただすが、ジュリアン・ソレルは、「私自身が、忘れはしまいかと心配しないかぎり大丈夫だ」と答える。
「ひょっとして忘れるのではないか」という自信のなさが、記憶力を減退させる原因の一つである。絶対に忘れないという確信をもち、自己暗示をかければ、人はどんなことでも記憶していられると∵いうことなのだ。
 人間の記憶は、脳の「海馬かいば」という部分で行なわれている。海馬というのはちょうどタツノオトシゴのような形をしているので、その名がある。
 海馬は、約四〇〇〇万個の神経細胞から成り立っており、輪切りになった形の細胞が幾万も積み重なっているが、海馬の断面は、この無数の神経細胞が中心に向かって環状に並んでいるのがわかる。つまりバナナを輪切りにしたときのような感じである。
 この環状の模様は、ちょうど金太郎飴のようになっていて、どこまでいっても同じ構造になっている。そして、それが幾層にも積み重なっている。ちょうどスーパーコンピュータの内部構造に似ている。
 この輪切りの細胞の間には神経細胞が結ばれている。この神経細胞は、輪切り細胞に貯えられた記憶データを大脳まで伝える役目を担っている。
 ところが、このとき、よく電気信号が通じている回路と、そうでない回路とができる。よく電気信号が通じる回路は、思い出しやすい記憶ということだ。
 このすぐに通じる回路がなぜできるかというと、それはその記憶が頭にこびりついてしまったからである。頭にこびりついた原因には二つある。一つは何度となくそれが反復されたからであり、もう一つはその記憶がとても印象深く心に刻みつけられたからである。結局、よく記憶するためには、反復して覚え込むかそれとも強い関心や印象、あるいは興味をもってそのことを学ぶかなのである。
 もう一つ、面白い記憶法がある。
 ちょっと古い話になるが、テレビを観ていたら、「梅干と日本刀」の著者、樋口清之さんがNHKの子ども向け番組に出演していた。子どもの質問に各界の専門家が三、四人並んで答えるという番組であった。
 そのとき、ある子どもが、
「樋口先生は記憶力が抜群だと聞いていますが、覚えるコツというものはありますか」∵
と質問した。すると樋口さんは、一つの事柄に対してその記憶事項を思い出すためのヒント(引き出しの糸)をたくさんもつことだ、と答えていらっしゃった。
 大脳には記憶の倉庫があり、そこにはいくつもの引き出しがあって、記憶が収められている。この引き出しを開けるにはそれに糸をつけ、その糸を引っ張る必要がある。ところが引き出しを開ける糸が一本しかないと、その糸を探すのにたいへんな苦労をする。一つの引き出しに何本も糸がついていれば、どの糸を引っ張っても記憶は引き出せる。つまり一つの記憶に対していくつものキーワードをもてば、記憶は引き出しやすくなる。
 たとえば戦国の武将「織田信長」のことなら、「本能寺の変」「桶狭間の合戦」「比叡山焼き打ち」「安土城」などと関連づけて覚える。また「本能寺の変」なら信長を討った「明智光秀」も記憶する。どの糸を引っ張っても「織田信長」が出てくるわけだ。
 また、いくつもの無意味な言葉の羅列などを記憶するには、全身を使うとよいとされている。たとえば、二〇個くらいの単語を覚えるとき、それをまず五個ずつのグループに分けておく。そうしてまず第一グループを覚えるとき、たとえば左手と関連づけて覚えておく。第二グループは右手、第三グループは左足、第四グループは右足といった具合に、体の手や足などの部分を記憶の引き出しにしておくわけである。

(竹内均「頭をよくする私の方法」)