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課題集 ムベ3 の山

○自由な題名 / 池新
○窓 / 池新

★みっちゃんは、私より / 池新
 みっちゃんは、私より一つ年下だったが、太っていて、相撲は強かった。しかし丈が低かったから、馬飛びといって、かがんだ相手の背中に手を突いて飛び越える遊びは、丈の高い私の方が有利だった。地面に手を突いた姿勢から、だんだん高くして行って、ほとんど首を曲げた姿勢で立っている「馬」の上を飛び越える。飛び損なった子は飛び越えられるのが専門の馬にならなければならない。あるいは「馬」の手前にかがむ役になる。
 最初は横丁の子供たちがかわりばんこに飛び越すことからはじまるこの遊びは、最後は、必ず私が何人かのかがんだ子供の上を跳躍して、その先の「馬」の背中に手を突いて飛び越す形になった。この場合かなりの助走を必要とし、飛んだ瞬間、体は水平に近くなるから、馬になった子供の受ける衝撃は大きくなる。
 こういう形の時、馬になれるような子供は横丁にはみっちゃんよりいない。私は得意になって、この跳躍を何度も繰り返した。するとその何度目かに、私が跳躍した瞬間、みっちゃんがひょいと背を低くしたのである。私は空を突き、向こうの地べたへ腕から水平に着地した。両ひじとひざを大きく擦りむいた。みっちゃんはほかのみそっかすの子供といっしょに、どこかへ逃げてしまった。
 私は泣きながら家に帰った。隣の家と私の家の間にある共同の井戸端で、母に泥と血を洗ってもらっていると、みっちゃんがお母さんに捜しだされて、通りかかった。お母さんに命ぜられて、私に謝ったが、私は許さなかった。バケツ一杯の水をざぶりとかけてやった。みっちゃんも泣きだし、かかってこようとしたが、お母さんに引っ張って行かれた。
 私には人間がこんなに悪意があることをするとは思いも寄らなかった。私に餓鬼大将の横暴があったにしても、そんならみっちゃんは馬になるのはいやだ、といえばいいのである。決定的な瞬間に、ひょいと背をかがめて、裏切るのはひきょうだ、水ぐらいかけてやってもいいというのが私の論理だった。もっともこの場合、私∵の方には、大人がそばにいて、状況が自分に有利だったという甘えがあるから、あまり威張れない節もあるのだが。
 私の復讐はさらに奇妙な形で果たされた。みっちゃんの家との間の路地に物置があって、その床下、というほどもない狭いすき間に、私はナマリメンの貯金を隠しておいた。母の財布から盗んだ小銭の残りも入れておいたが、ある日、それがそっくりなくなっていた。まもなく隣家でみっちゃんが泣き叫ぶ声が聞こえた。せっかんを受けているらしく、声は異様な悲痛さで長く続いた。みっちゃんがメンコと金の隠匿犯人と見なされたのはあきらかだった。私はおばさんが母に言いつけにくるのを覚悟したが、おばさんは来なかった。あくる日、床下に手を突っこんでみると、金もメンコも戻されていた。おばさんと井戸端で顔を合わせると、その顔は異様な笑みをたたえていた。そこには私に対する非難はなく、自分の家の子供が盗っ人でなかったことを喜ぶ表情だけがあった。(私が金の隠し場所を机のひきだしに変えたのはそれからである)
 私はみっちゃんに会うことを避けたが、みっちゃんも何も言わなかった。これは私にしばらく罪の意識として残った。
 いまこれを書きながら、この二つの事件の前後について反省してみた。みっちゃんが馬飛びでふいにしゃがんだのはこの事件に対する報復ではなかったか、ということである。しかし、どうもそうではなかったようである。それなら私は報復をおそれて警戒したはずだし、水をかけることもできなかったと思う。

(大岡昇平「少年」)