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課題集 ムベ3 の山

○自由な題名 / 池新
○土 / 池新

★竹下君よ / 池新
「竹下君よ」と山田が思い出したようにいった。
「昇は少し生意気なのと違うか」
「今日もな」と秀がいいかけると、
「おれもなあ」と松も何かいいかけようとした。
 二人が同時に何かを訴えようとするのをさえぎるように進がいった。
「昇のことは任しとけ。もう少したったらちょっと痛い目に合わしてやろうと思うとれど、病気上がりやから遠慮しとるんや」
「そうやろう、おれもそう思っとったわ」と山田が安心したようにいった。
「病気になる前もえらい生意気なところがあったなあ、竹下君」と松がいった。
磯介いそすけとよ」と山田が吐き捨てるようにいった。
「まあ任せとけ」と進が落ち着いた声でいうと、「われらにいいものやるっちゃ」とポケットからゴソゴソと袋を取り出し、みんなにその中味を一つずつ与えた。さつまいもをふかして干したものだった。
「これなあ、焼いて食べると、もっとうまいんやけどなあ」としばらくして進がぼくにいった。
「そうやろうなあ」とあいづちを打ったが、ぼくは焼かないでもおいしいと思った。今までに見たことはあっても、食べたのはこれが初めてだった。 米の供出量の関係で、伯父の家はさつまいもを作っていなかった。乾燥いもはぼくがふだんから食べてみたいと願っていたものの一つだった。
 ぼくは心の中でひそかにそうしたものをみんなに貢がせて食べることのできる進の立場をうらやましく思いながら、同時にそう思っている自分を恥じた。
「うまいじゃあ、竹下君、この乾燥いも」とふだん絶対といっていいぐらい、おこぼれにあずかれない一郎が、一番うしろの列から感激の声を挙げた。こんな風に進がみんなに貢物を分かち与えたことは今までになかったことだった。
「もう一枚ずつやるわい」と進はいって、みんなにまた一枚ずつわ∵け与えた。どれも分厚いみごとな乾燥いもだった。
「竹下君よ」と磯介いそすけがいった。「この乾燥いも、昇が持って来たんやろう」
「それがどうした」と進が不機嫌に答えた。
 ぼくはひどくがっかりした。その時までのぼるだけが進に対等の態度を取ろうとする勇気を持った唯一の同級生かも知れないと思っていたからである。ぼくはこんな夢さえ抱いていたのだった。昇とぼくの二人はいつか協力して進の専制的な暴君ぶりを改めさせる、進は前非を悔いる。級の空気は一変し、みんなが同じような立場で、仲よくはつらつとつき合えるようになる。ぼくは維新を、革命を夢みていたのだった。その主要な立て役者だった昇が脱落してしまったのだ。
「もうずっと遊びに入れてやらあ」と松がいった。
「ああ、様子を見てな」と進が不機嫌に答える。
 ぼくは進に今さらのように恐怖の念を覚えた。進の権力の偉大さをまざまざと知らされた思いがした。もうこれからは一切進に反抗するのは止めようとぼくは考えた。――できるだけ心して進の御機嫌を損じないように努め、進の庇護を仰ごう。それがここにいる間、戦争が勝つまでここに暮らしている間、ぼくの安全を確保する唯一の道なのだ。心を売らなくてもいい、表面だけでもそういう態度をとらなくてはならない、とぼくは自分にいい聞かせた。