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課題集 ミズキ3 の山

○自由な題名 / 池新
○制服はよいか悪いか / 池新

○ラッコは、眠るときや / 池新
 ラッコは、眠るときや嵐のときに岩陰などに避難することもあるが、一生のほぼすべてを海上で過ごしている。アワビ、ウニ、カニ、ハマグリ、イカなどを主食とする美食家であるが、冷たい海水にいつもつかっているため大食家でもある。体重二三キロのラッコは一日に六〇〇〇キロカロリーのエネルギーを必要とするため、体重の三分の一にあたる量の食物をとらなければならない。ちなみに、同じ体重の人間の子どもが必要とするエネルギーは、一日一八〇〇キロカロリーである。
 ラッコの潜水能力はせいぜい五〇〜六〇メートル、一分間である。そのため、海底の泥の中にいるハマグリを見つけたのに一回の潜水では掘り出せなかったときには、二回でも三回でも同じ場所に潜って貝掘りをする。貝を掘ったりカニやウニをつかまえるのは難なくこなすのだが、岩に固着した大きなアワビにだけは歯が立たない。そこでラッコは、両前足で手ごろな石をつかんでアワビの殻のへりを打つという、驚くべき戦術を使う。一個のアワビをがすには、少なくとも三回は潜らねばならないが、その間、ラッコは同じ石を使い続け、引きがしに成功するとその石は捨ててしまう。ここで特筆しておくべきは、採食に道具を使用する哺乳類は、人間とチンパンジーとラッコだけという事実である(もっとも、ホッキョクグマがアザラシに氷の塊を投げつけたという話もある)。ただしチンパンジーとは違い、ラッコが自分で道具を製作することはない。
 ラッコの食事は必ず水面で、仰向けに浮いたままで行われる。岩からがしたアワビの中身を殻から取り出すのは、歯を使えば簡単にできる。ところがハマグリやイガイなどの二枚貝には、やはり歯が立たない。そこでラッコは、ここでも石を道具として使う。直径が一五センチ前後の平たい石を選び、水面に仰向けに浮いた胸の上に置き、それに貝を打ちつけて殻を割るのである。大きなウニなども、そうやって割り、中身を取り出して食べる。
 ラッコには、同じ種類の食べ物を続けてつかまえては食べるという習性がある。イガイがびっしりとくっついている岩で一頭のラッコが八六分間も採食を続け、その間に五四個のイガイを食べたとい∵う観察もある。では、貝殻を割る石は貝を採るたびに拾うのかというと、そうではない。貝採りの間、同じ石を持ち歩くのである。前足の脇の下にあたる部分の皮がたるんでポケットのようになっており、そこに石をはさみ込むのだ。ただし、同じ石への執着はそれほど強くはないらしい。それまで使っていた石を何かの拍子に落としたりすると、別の石を調達する。一頭のラッコが続けて四四個のイガイを採食する間に、違う石を六個使ったという観察記録もある。
 では、ラッコにはなぜ、道具を使うというたぐいまれな行動ができるのだろうか。あるいは逆に、ラッコとごく近縁な他のカワウソ類はなぜ道具を使わないのだろうか。
 カワウソ類のいちばんの特長は、器用な前足を持ち、どんなものでも遊びの対象にしてしまう才気があることである。ペットのカワウソが自分で蛇口をひねって浴槽に水を満たし、浴室を水びたしにしたという逸話もあるほどなのだ。つまりラッコの祖先は、冷たい海で大量の食物を手軽に入手するために、豊富に生息する貝類を利用するに際して石を使うくらいの能力は、はじめからそなえていたと考えられる。ラッコ以外のカワウソ類がそれをしないのは、単に貝類を食物として利用する必要がなかったからにすぎないのではないか。
 貝を打ちつける石がないと、ラッコは貝と貝を打ちつけて殻を割る。このような行動の臨機応変さこそがラッコに道具使用を可能とさせているのだろう。この柔軟性を知能と呼ぶかどうかは別にしても、動物は遺伝的に固定された紋切り型の行動を繰り返しているにすぎないという狭量な考え方が鋭く変更を迫られることはまちがいない。

○■ / 池新