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課題集 メギ3 の山

○自由な題名 / 池新
○寒い朝、体がぽかぽか / 池新

★ドイツにエーレンベルグという / 池新
 ドイツにエーレンベルグという有名な生態学者がいる。彼はあるとき、ふしぎな体験をした。第二次大戦が終わってポーランドに旅行したときのことだ。ふしぎな体験の主役は、コメススキというイネ科の植物である。
 コメススキは、日本でも浅間山などに生育している、ごくふつうの植物だ。その植物を指さして、ポーランドの植物学者たちが言った。
「エーレンベルグさん、これはもっとも湿っている場所にはえる植物なんですよ」
 これを聞いたエーレンベルグは、びっくりしてしまった。なぜなら、コメススキはドイツでは砂地だとか岩場などのように乾いた場所にはえる代表的な植物といわれていたからだ。ところが同じコメススキをポーランドで見てみると、じっさいに湿原やその他の湿った場所にはえているではないか。
 エーレンベルグは考え込んでしまった。「自分がいままで勉強してきた植物学の知識は正しいものだったのだろうか」
 好湿性植物、好乾性植物などという言葉があるくらい、湿った場所が好きな植物は湿ったところにはえているし、乾いた場所が好きな植物は乾いた場所にはえている。すくなくともそれまでは、そう考えられていた。では、このコメススキは、いったいどちらなのだ。湿ったところが好きなのか、乾いたところが好きなのか。……彼は迷ってしまった。
 ポーランドの旅行から帰ったエーレンベルグは、さっそく一つの実験をはじめた。
 彼らは実験農場の一部に、五×十メートルの実験圃場をつくった。まず、水を張って、水面から上のほうへ土を積んで傾斜地をつくった。水にもっとも近いところは湿地の、水からもっともはなれたところは乾燥地の条件を人工的につくり出したわけである。そして、この傾斜地の上にヨーロッパの牧草としてひろく大陸各地に生育している五種類の牧草の種をまいてみた。
 最初は、五種類の牧草をそれぞれ一種類ずつ単植栽培してみた。∵すると五種類が五種類とも、乾きすぎず、湿りすぎない斜面の中央部で最大の生長量を示した。競争相手のない単植栽培では、どの植物もめぐまれた立地でもっとも生長する。つぎに、その五種類の植物が野外の牧野で自然に生育している状態と同じように、種類をまぜて混植栽培をおこなった。するとどうだろう。単植栽培の時とだいたいおなじ生長量を示したのは、カモガヤとオオカニツリの二種類だけだった。スズメノチャヒキという草は、いちばん水から離れたところで最大の生長量を示し、反対に水に近いところではまったく生育しなかった。逆にオオスズメノテッポウは、水に近いところで最大の生長量を示した。
 スズメノチャヒキは現実に、乾燥した土地に生育しているものだし、オオスズメノテッポウは、湿った土地にひろく見られる植物だ。混植栽培実験の結果は、ほぼ自然の生育地域と一致している。
 実験の結果、エーレンベルグはひとつの貴重な真実を教えられた。
「いままで、単植栽培実験の結果がそのまま自然にも通用すると考えてきた植物学の通則は、かならずしも正しくないのだ」と。
 ポーランド旅行以来の疑問が、こんどの混植栽培実験ではっきりした。
 自然の山野には数多くの競争相手がいる。自分より強い相手がもっとも住みよいところにいる場合は、心ならずも強敵のいないきびしい条件の土地で生きてゆかなければならないのだ。ひどい時には、コメススキのように、多湿、乾燥とまったく正反対の環境で生育させられる場合もある。
(宮脇昭「人類最後の日」)

○■ / 池新