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課題集 メギ2 の山

★(感)テレビを見ているとき/ 池新
 【1】テレビを見ているとき、急に私が怒りだし、登場人物に反論し始めるので家人がびっくりすることが度々ある。大体それは、科学者が「専門家」として、いかにもすべてを知っているかのように話すときであり、自らの判断ミスを素直に認めないまま権威を保とうという態度にあきれはてた場合である。【2】「そんな姿勢だから、科学者がますます信用されなくなるんだ」と私はつい怒ってしまうのだ。
 と書き出せば、地震の予知やエイズ問題に登場する科学者のことだとお気付きと思う。私が強く言いたいのは「科学者は、少なくとも真実に対しては徹底して忠実であるべきだ」ということである。【3】未知の闇を探るのが科学者の仕事なのだから、間違いを犯すのが科学者であり、知識の限界を知っているのも科学者なのである。だからこそ、真実が明らかになったとき、間違いを率直に訂正し、どこに限界があったかを誠実に語らねばならないと思うのだ。【4】それが「真実に忠実な科学者」の姿であり、科学者は間違うものだという当然の事実を、私たちも知るようになるからだ。それが「専門家」として、科学者が何らかの問題に関係したときの取るべき態度だと思っている。
 【5】しかし、立場や権威が邪魔をするのだろうか、それとも責任を問われるのが怖いのだろうか、なかなかそのような「専門家」にはお目にかからない。「もんじゅ」の事故しかり、エイズ問題しかり。【6】「その段階ではわからなかった」にしても(確かにそうだったのかは調べなければならないが)、ある種の判断をしたのは事実だから、真実がわかった段階で素早く誤りを認めるのが真実に忠実な科学者なのである。【7】さらに、「答申はしたが、実行は行政の責任だ」という逃げ口上で責任を回避するのは、ほとんど人間として失格だと思う。答申がなければ政府は実行できないのだから、そのような答申をした道義責任からは決して逃れることができないのだ。【8】専門家として政府の委員になるということは、その責任を負う覚悟をしているということなのだから。
 いろいろな問題で、多くの科学者が専門家として安全を「保証」したり、無害を「証明」する役を演じている。【9】時には、妙ちきりんな説で現場を混乱させたり、例外や小さな欠点を針小棒∵大に言いたてて誠実に対応しようとする人の信用を落とさせるようなピエロ役を果たすこともある。数々の公害問題で、科学者は平気でそんな役回りを演じ、政府や会社の隠れ蓑となってきたことは否定できない。
 【0】それにしても、なぜ人にはピエロだと見抜けないのだろう。おそらく、「専門家は間違わない」という幻想を、知らぬ間に刷り込まれているからではないだろうか。お上が偉く、お上が相談する専門家の科学者の先生はもっと偉い、という体質が抜き難く染み着いているのかもしれない。それに対応して少なからぬ科学者は自らを権威づけることが習い性となり、間違いや限界を語る義務を放棄してしまった。「真実に」ではなく「権威に」忠実な科学者というわけである。
 そういえば、日本にはやたらに専門家が多い。むろん、命にかかわらない専門家はいくらいても構わないが、「権威だけがある」科学者が専門家として後ろに控えていると極めて危険である。いずれにしろ、そんな専門家の言うことなんか、眉に唾をつけて聞く習慣を身に付けた方が良さそうだ。
 先日、地震学者の金森博雄教授と対談したとき、印象に残った言葉を聞いた。彼はカリフォルニア州の地震が発生したとき即座に震源や規模を推定し、鉄道やガス会社に地震情報を知らせるシステムの責任者となっている。もし彼の情報が間違っていた場合、会社に損害を与え訴訟になるかもしれませんねと聞いたら、彼は「刑務所へ行くことは覚悟しています」と答えた。真の専門家とは、このような人のことだとつくづく思ったものだった。

(池内了「科学は今どうなってるの」)