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課題集 メギ2 の山

★(感)カはメスだけが/ 池新
 【1】カはメスだけが人間の血を吸う。オスは果物の汁などを吸っていて、決して吸血鬼になることはない。けれど、動物の吸血鬼の多くは、オスであるかメスであるかには関わらない。
 例えばヒルだ。【2】カには「血を吸われた」というより「刺された」という感じを持つことが多いけれど、ヒルにはほんとに血を吸われたという気がする。
 近ごろは農薬のおかげでヒルはほとんどいなくなったが、昔は田んぼや小さな川にヒルがたくさんいて、魚とりや水遊びの楽しみをそがれたものだった。【3】湿度の高い山の林にはヤマビルというのもいる。人間が歩いていくと、木の上から落ちてきて、首すじなどにとりついて血を吸う。いずれにせよ、ヒルに血を吸われるときは、痛みも痒みも感じない。【4】気がついたらたっぷりと吸った血で丸々とふくれあがったヒルが肌にとりついている、というおぞましさであった。
 北ボルネオの熱帯林では、しばしばヒルに悩まされた。林の中の細い道をたどっていきながら、ふと道の両側の草に目をやると、そこら中にヒルがいるではないか! 【5】草の葉の上に、長さ一センチから二センチの小さなヒルが立ち上がって、ヒコヒコ体を動かしている。そうやってとりつくべき相手をねらっているのだ。
 双眼鏡で十メートルぐらい先の草をのぞいても、ヒルは一匹もみつからない。【6】けれどぼくらが歩いてそこへ近づいていくと、あたりは何十匹、何百匹というヒコヒコ動くヒルでいっぱいになる。それまでは葉の上にピタリとくっついて休んでいたヒルたちが、ぼくらの体臭や体温をキャッチして葉の上に立ち上がり、思いきり体を伸ばして前後左右に振りながら、何とかしてぼくらの体にとりつこうとしているのだ。
 【7】それはぞっとするような光景だった。その何百匹というヒルたちは、何日いや何か月間この機会を待っていたのかわからない。林は広く、人間やけものはそのどこを通るかわからないからである。
 【8】吸血性の動物というのは、一般にそのような生き方を強いられている。たしかに血は動物の体の中でもっとも栄養価の高いものだろう。そしてそれは、生きた動物にとりついて吸うほかはない。し∵かし生きた動物は動きまわる。血を吸う側は必ず相手より小さい。【9】長い距離、相手を追っかけていくわけにはいかない。どうしてもある場所にじっとひそんでいて、相手がそこにやってくる機会を待つほかはない。
 だからヒルにしても、ノミにしても、ダニにしても、吸血性の動物はじつに長い期間、飢えに耐える。【0】彼らはほとんど休眠した状態で、じっと相手の出現を待っている。相手の存在をキャッチする嗅覚器官だけは眠らずにいて、千載一遇の好機の到来を今か今かと探っている。
 強力な翼をもった吸血コウモリは、おそらくその唯一の例外であろう、彼らは毎晩、かくれがの洞窟を出て、獲物を探しにいく。けれど獲物のガードも固い。運の悪い奴は、ついに一滴の血も吸えずに帰ってくる。すると血にありついた仲間がこいつに血を吐きもどして分けてくれる。
 これはヴァンパイアの助け合いとして有名な話だ。けれど、この助け合いは美しい道徳的行為なのではない。血を分けてもらった個体は、相手をちゃんと覚えていて、翌日そいつが空腹のまま帰ってきたら、優先的にそいつに血を分けてやるのだ。そこには互恵の原則が成り立っている。日本での昔からの表現によれば、「情けは人のためならず」なのである。

(日高敏隆「動物の言い分、人間の言い分」)