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課題集 マキ3 の山

○自由な題名 / 池新
○小さな虫の命、自己主張の大切さ / 池新

★最初のうちこそ荒涼と見えた / 池新
 最初のうちこそ荒涼と見えた樹木も景色も、いつか季節の移り変わりのパノラマの中で清澄な美しさとして私の目に映るようになり、私はもの心ついた時からずっとかかえこんできた空想癖をのびのびとふところに包み入れてくれる大きな手にようやくめぐり会えたのです。
 登下校の道は言葉ではとても言いつくすことのできないすばらしい私の書斎であり、宝庫であり親しい友と歩く時は応接間ともなるのでした。その道は冬の朝、きしみをあげる薄氷の下に秋の名残の燃えたつような紅葉の落葉を緋の絨毯ともまごうばかりに敷きつめているのです。雨のあがった夏の早朝、動こうにもそれができないほどびっしりと霧がたちこめ、それなのに私の肩や顔のそばでは白い水蒸気が幽玄のもののごとくに音もなく流れていくのです。
 松のこずえを渡る風の音を聞きたさに、いく度ひとりで林のある小高い丘に登ったでしょう。手賀沼の葦の間から立ちのぼる陽炎の香気にむせびたくて、いく度朽ちかけた船着き場へ足を運んだでしょう。
 これらの思いは、胸の内だけにかかえこむにはあまりに清冽で豊麗で大きすぎ、何かの手段をもってこれを外にほとばしらせないことには、自分がどうかなってしまいそうでした。
 そうして私は生まれてはじめて自分の意志で日記を書きはじめることとなったのです。それは、もう一人の自分に語りかけることでした。もう一人の自分は、私が何を語りかけても、容姿が劣っていることを理由に突き放したりしないし、私の感動を、あざ笑ったり茶化したりも決してしません。それどころか不思議なことに、思いがけない問いを返したり疑問への答えの糸口さえあたえてくれる、実につきあいがいのある相棒ですらあるのです。
 与謝野晶子の『みだれ髪』を、まだ中学生が読むには早いと母に反対された時も、彼女だけは認めてくれましたし、大好きだったリルケの『マルテの手記』がどう読んでも理解できなくて苦しんでいた頃も彼女はいっしょになって頭をひねってくれました。∵

(池田理代子『私の少女時代』)

○■ / 池新