昨日982 今日384 合計162716
課題集 マキ3 の山

○妹が隆に、あんなのほしかったなあ……と/ 池新
 妹が(たかしに、あんなのほしかったなあ……と、小さな声で言ったのは、夏も終わりのころのことであった。隣の屋根でのんびり寝そべっている野良猫を見てのことばである。「母さんの猫嫌いは知ってんだろ」。「ううん、違うの。お祭りのときお店で見かけた招き猫なの」。「どの店だよ? 」。「七味とうがらしの出店」。「……そりゃ、今さら無理だよ」。「だからもういいの」。これだから困るのである。隆は招き猫探しにでかけることにした。
 招き猫を飾ってある店は見かけても、売っている店はたいそう少なかった。土産物店で見つけても、いやに小さくて貧相なのである。やっぱり秋祭りまで待つしかないか・・・・・と、隆は思った。しかし、珍しく妹がほしがったことを考えると、隆は何とか早いとこ見つけて持ち帰り、妹を驚かせてやりたかった。自分も気に入り、妹も一目で気にいるやつを早いとこ見つけたかった。
 それが、ないのである。招き猫にも、実にいろんな人相(?)のものがあることに、隆は初めて気がついた。大きさ、姿、表情、色……と四拍子そろって、一目ぼれできる招き猫となると、売り物どころか、見かけるのだってむずかしいことに、隆はやっと気がついた。
 思いあぐねて(あきらのやつに相談することにした。話を聞いた明は、隆の顔をまじまじと見つめた。「招き猫だなんてお前、どういう趣味なんだ。おれの親友だとは思えん。ほしがるにこと欠いて、そんなおじんくさいもの、目をつけやがるなんて」。「すまん、じつはほしがっているのは妹なんだ」。そう打ち明けると、明の態度はがらりと変わった。
 妹の趣味まで何か言われそうだとかまえていた隆は肩すかしをくらった感じだった。同時にもう一つの何かも感じていた。「いっしょに探してやるよ」。明のやつは急に親切になった。

今江祥智いまえよしとも『今日も猫日和』)