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課題集 フジ3 の山

○自由な題名 / 池新

★朝寝坊、おいしかったことまずかったこと / 池新

○「ジョンこそ、誰が / 池新
「ジョンこそ、誰が好きなんだよ。ずるいぞぼくばっかり」
 僕はときめきにつつまれながら、負けずにジョンにそう指摘した。父親のお古のアイビールックに身をまとったジョンが今度は赤くなる。
「そうだ、ジョンは誰が好きなんだ」
 ロバーツが煽る。
「ひゅー、ひゅー」
 サムは鼻水を垂らしながら目だけ細めて今度はジョンを冷やかした。
 ジョンは星空を見上げていた。誰かのことをこっそりと思っているかのような恥じらった表情をしながら。
「そういう、ロバーツはどうなんだよ。君は誰が好きなんだ」
 ジョンがそう応戦すると、今度はロバーツの顔が赤くなるのだった。
「ひゅーひゅー」
 サムは相変わらずマフラーに顔を埋めて、欠けた歯の間から空気を吐きだしている。そのたびにひゅー、ひゅーは大きくなるのだ。
 僕はサムのほうへ振り返って、指摘するのだった。
「サム、(狸先生風にいえば、サーンムという感じだ)サムこそ誰が好きなんだよ」
 するとサムは顔を赤らめることもなく、いってのけたのである。
「僕? 僕はキャサリンさ。決まってるでしょう」
 僕らはいっせいに大声をあげた。えーっ。その声が余りに大きくてお店の人が見に来たくらいだったのだ。
「サムはキャサリンが好きなのか?」
 ジョンが確認するようにそういう。
「ああ、僕はキャサリンが好きだよ」
 サムは気後れすることもなくそうはっきりというのだった。
「キャサリンだぞ、お前はあのキャサリンのことを好きだっていうんだな」
 ロバーツの声は心なしか上擦うわずっていた。∵
「キャサリンはキャサリンさ。親父おやじのようにキャバレーに行くわけじゃないから他にキャサリンなんて女は知らないよ」
 サムはきっぱりというのだった。
何時いつからだ」
 僕は身体を震わせてそう抗議するのだった。
「前からだよ。もう忘れてしまったけどずっと前からだ」
 僕たちはそれから一言も喋ることができなかった。皆キャサリンが好きだったのだ。しかしあの頃は北海道の星空のように全てが純粋で、僕たちはそれに従うしかなかったのである。
 つまり、あの頃はまだ僕たちは幼くて恋人はいったもの勝ちだったのである。最初に好きだと公言してしまったものが恋人になりえた時代であった。(それでは早くいえばいいじゃないかぐずぐずしないで、と思われるかも知れないが、そこがうぶな青春の蹉跌なのだ)
 そしてそれから暫くの間、僕たち四人の間でだけ、サムはキャサリンの恋人になってしまったのである。勿論もちろん向こうはサムのことをどう思っていたかはわからないけれど。
 僕は失恋を噛みしめながら、その後も狸先生の授業に出つづけた。そしてキャサリンのきりりとした横顔を切なく見つめるのであった。

(辻仁成「キャサリンの横顔」)