昨日270 今日53 合計152413
課題集 ハギ3 の山

○自由な題名 / 池新
○初めて○○を買ったとき、飼っている生き物のこと / 池新
○ドジをしたこと、私の夢 / 池新

★善太がお使いから帰って来ると / 池新
 善太がお使いから帰って来ると、げんかんに子どものくつと女の下駄がぬいであった。
「三平らしいぞ。」
思わず微笑がほおにのぼってくる。それでもまじめくさって、
「ただ今。」
と、上にあがって行く。座敷で、おかあさんと鵜飼のおばさんとが話している。おじぎをしてそばにすわる。「三平ちゃんは?」と聞きたいのだけれど、なぜか、その言葉が出てこない。立ってその辺を歩いてみる。茶の間にも、台所にも、奥の間にもいない。げんかんの帽子掛けにチャンと三平の帽子があり、その下に背おいカバンも置いてある。聞かなくても、三平は帰っている。こんどは外へ出てみる。柿の木の下へ行ってみると、そこにおかあさんの大きな下駄がぬいである。三平がのぼっているのである。善太ものぼって行った。木の上でふたりは顔を合わせた。ニコニコして見合ったのであるが、言葉が出てこない。一週間ばかりしか別れていないのに、ふたりとも少しばかりはずかしい。三平ちゃんともいいにくいし、にいちゃんとも呼びにくい。まして、三平が夢の中で子捕りにとられて、自分が泣いたなんてことはいおうにもいわれない。三平とて同じである。しかしいつまでもニコニコしあっているわけにもいかない。三平は木をすべりはじめた。巧みにすべるのである。五、六日でそんなにもじょうずになっている。無言で、そのじょうずなところを三平はやってみせた。善太もそれにおとらず、じょうずにすべりおりた。善太がおりると、三平は登りはじめた。登るのもじょうずである。二、三度この木登り競技をやって、ふたりとも下におり立った時、善太が思い切って呼んだ。
「やい、三平。」
「何だい。」
 この声と共に、ふたりは取り組んだのである。うれしさ、はずかしさのやり場はこれ以外になかった。
「何だい、弱いじゃないか。」
善太がいってみる。
「ナニッ。」
三平は顔を真っ赤にして、手足に力を入れた。∵
「そうか、少し強くなったかな。」
「強いさあ。」
 三平はメチャクチャに力を出すのである。ウーム、ウームとうなって押すのである。前からあった押し出し相撲の丸の中から、善太はとっくに押し出されていた。
「こりゃ強いぞ。」
善太がいうと、三平はますます押して来る。
「負けた。負けたよ。」
そういっても、三平は押し手をゆるめない。
「オイ、にいちゃんが負けたんだよ。」
「なあにィ。」
 とうとう善太は垣根の檜のところまで押しまくられ、檜の枝葉の中に押しつけられた。
「降参、降参。三平ちゃん、ぼくの鉛筆やるからなあ。」
それでやっと三平の手をはなしてもらった。

(坪田譲治「風の中の子供」)