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課題集 ハギ3 の山

○自由な題名 / 池新
○大事にしている物、何かをきれいにしたこと / 池新
★私の目標、さようなら○○さん(先生) / 池新

○地下鉄の路線図を / 池新
 地下鉄の路線図を考えてみよう。これは距離も方向もずいぶんゆがんだ、しかも地下鉄以外のことは何にも描かれていない地図だが、線路のつながり具合と、駅のならんでいる順序は正しく書かれているから、自分がこれからどういう駅を通過してゆくのか、どこで乗りかえたらよいかなどということはそれによってまちがいなくわかる。ゆがんでいても、地下鉄以外のことは何も書いてなくても、行く先についての不安をなくするという役目だけならば、この地図はりっぱに果たすのだ。
 だが、われわれ人間は、そのときどきの目的を不安なく達しさえすればそれで満足しきってしまう存在ではない。目的地に着くと、今度はそれがどんなところか、まわりにどんなものがあって、自分がすでによく知っているところからどっちの方角にあたるのか、地下鉄以外の交通機関でも来られるのかどうか、などということを知りたくなるだろう。人間というのは、さしあたり必要な範囲よりももっともっと広い世界に対して、つねに好奇心と探究心と夢とをもち、また実際にまわりに対して働きかけて、自分の活躍舞台を次々にひろげていこうとする生物なのだ。
 このような好奇心をみたし、夢を伸ばし、また働きかける手がかりとして使うためには、ゆがんだ地図や、限られたものしか描かれていない地図ではもはや間にあわず、もっとくわしくて、方角や距離の正確な地図がぜひ必要になる。
 自分の置かれている位置じたいもまた、自分のすぐまわりだけよりも、その外側のより広い世界までがわかっているほうが、もっとしっかりつかめるはずだ。自分の家の中での自分の位置がわかっているだけでは、自分が町のどのへんにいるのかがわからないが、自分の家が町のどこにあるのかがわかれば、家よりもずっと広い世界である町の中で自分がどんな位置を占めているかがわかる。
 というふうに、広い範囲を知れば知るほど、世界の中の自分の位置がはっきりしてきて、自分の立場がたしかなものになる。自分の位置をたしかめたいという内向きの欲求と、広い世界をさぐりたいという外向きの欲求とは、けっきょく同じことの二つの面でもあるのだ。だから、地下鉄の路線図によってわかる自分の位置は、ほんのさしあたってのものにすぎないので、それをほんとうに確実∵につかむためには、やはりもっとくわしく正確な地図がいることになる。
 地図は、人間のこのような、内向きと外向きとの、たがいにからまりあった欲求にこたえるためにあるのだ、といってよいだろう。これらの欲求にこたえるために、地図はしだいに発達して、いまのように、広い範囲をおおい、しかも科学的にすぐれた地図がつくられるようになったのだ。

(堀淳一「地図はさそう」)