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課題集 黄セリ の山

○自由な題名 / 池新
○この一年、新しい学年 / 池新

○「環境サミットとか」を読んで(感) / 池新
★過日行われた衆議院の(感) / 池新
 過日行われた衆議院の選挙から議員数が減った。定数是正が行われたからで、減ったのは比例代表制の部分である。これは大変いいことで、近い将来、それもなるべく早く、比例代表はゼロにし、文字通りの小選挙区制にすべきである。そうすれば、自ずと二大政党になるからである。民主主義の議会制度は二大政党がいい、と私は考えているのである。なぜならば――。
 最近、ドイツ政府は奇妙な決定をした。原子力発電を全廃するというのである。いつどのようにして全廃するのかは明確にしていないが、そして、全廃する時期と具体的プロセスをはっきりさせていないところがミソと言えば言えるのだが、それにしてもへんな決定をしたものである。
 ドイツは日本とほぼ同じで、総電力に占める原子力発電の割合は三分の一ほどである。その三分の一を止めてしまうというのだから代わりはどうするのか、ということになる。風力や地熱による発電があるが、これらはゼロコンマ以下という現状が示すように、とても原子力に代わり得るものではない。ただ、ドイツは日本と違って石炭に恵まれた国である。原子力発電に代わって石炭発電、それに一部石油発電ということになるのだろう。(中略)
 ドイツの産炭地はルール地方である。石炭が平地に埋蔵されていて掘りやすい。しかも極めて良質である。そこでクルップなどの工場が建ち並び〃鉄の心臓〃と呼ばれる一大工業地帯を形成した。その基幹である石炭産業は、勢い多数の労働人口を吸収した。戦後、これがネックになったのである。石炭から石油へ、エネルギーの転換は戦後の趨勢だったが、ドイツは膨大な石炭産業をかかえ、石油への転換がうまくいかなかったのである。
 日本でも石炭から石油へのエネルギー転換には大きな抵抗があった。昭和三十四年には三井三池炭鉱で一大ストライキが発生し、総資本対総労働の対決と言われた緊迫した状態が二百二十六日も続いた。
 当時の通産省は激しい抵抗の中で石炭から石油へ転換するエネルギー政策を断固として推進した。おかげで日本は石油に転換でき高度成長の基礎を固めることができたのである。昨今のエリート官僚は私利私欲と自己保身ばかりで評判が悪い。だが、当時のエリート官僚には将来を見据え、激しい抵抗や非難を受けても、日本のためにこれはやり抜くのだという公の精神が毅然としていた。当時の通産省のエネルギー政策は大いに評価されていい。
 石炭から石油へのエネルギー転換がうまくいかなかったドイツとうまくいった日本。それが一人当たり国民総生産の七倍もの格差を逆転させてしまったのである。
 そのドイツが今度は、総電力の三分の一を占める原子力発電の全廃を決めた。代わりをどうするかには何の対策もなしに、である。
 こんなへんなことが起こるのは、ドイツがキリスト教民主同盟、キリスト教社会同盟、社会民主党、緑の党、自由民主党、民主社会党などに分立しているからである。政党が多いと、一党で議会の過半数を占めるのは難しい。一昨年の選挙でも社会民主党が第一党になったが、過半数はとれなかった。政権を構成するには、他党と連立を組むしかない。ドイツの社会民主党も緑の党などと連立した。
 この緑の党は、率直に言わせてもらえば環境馬鹿の集団である。彼らは「環境を守れ」と主張する。だが、肝心の環境問題に関してまったく無知なところがあるのである。現実的な代替エネルギーの構想もなしに原子力発電全廃の政策を掲げていることが、その証拠である。
 しかし、シュレーダー首相率いる社会民主党は緑の党に連立から離脱されては政権が維持できない。引き留めておくには緑の党の主張をある程度受け入れる必要がある。そこで原子力発電全廃の決定となったのである。
 小党に分立するとこんなことがしばしば起こるのである。いや、決して対岸の火事ではない。昨年春、日本では老人や子どもを対象に地域振興券なるものが政府によって支給された。一人当たり二万円。これで買い物をして低迷する消費を刺激し、景気浮揚に役立てる、というのが謳い文句だった。そのために七千億円の予算が組まれた。
 だが、地域振興券が消費喚起にまったく寄与しなかったことは、いまや明らかである。大体、昨今の消費低迷は、国民にお金がないから買わないのではないことぐらい、経済の素人でもわかる。国民はそれなりにお金を持っているのだ。しかし、先行きの不透明感からくる将来に対する不安が消費にブレーキをかけている、と見なくてはならない。それなのに地域振興券という愚策をとり、あたら七千億円という税金を雲散霧消させてしまった。
 ほかでもない。政権政党の自民党が参議院で過半数を割っていて法案の成立に支障があるからである。そこで自民党は公明党に協力を求めた。
 公明党が背後の宗教団体と不可分で、その内部では神様のごとき存在である一人の人物の意向で動いていることは、だれもがよく知っていることである。地域振興券という名で老人や子どもなどのいわゆる弱者に一人二万円をばら蒔くという稚拙な発想は、恐らくその一人の人物の頭から出たのだろう。それが厳しく検討されることもなく公明党の政策になったのは、まさにこの政党の体質を表している。だが、自民党は参議院で過半数を割っているから、公明党の協力は欠かすことができない。稚拙でも公明党が唱える地域振興券の政策を受け入れなければならなかった、というわけである。多数の党が分立していると、こういうことになるのだ。小党分立状態ではこの愚かさを避けることは難しい。
 
 「致知」二〇〇〇年一〇月号「歴史の教訓」(渡部昇一)より