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課題集 黄セリ の山

○自由な題名 / 池新
○春を見つけた、種まき / 池新

○「後世から」を読んで(感) / 池新
★私の実際の体験でも(感) / 池新
 私の実際の体験でもこういうことがありました。
 その子はうじうじした感じの子だったんですが、お母さんというのが何でもしゃしゃり出てきて全部自分で決めてしまうような人だったんです。そのお母さんから、あるとき私のところに電話がかかってきまして、「先生、ちょっと来てください。子どもが二階で包丁持ってこっち向いとるんです」と言うわけです。
 何でお父さんに連絡をしないのかと内心思いながら出かけていきますと、本当に「来るな!来たら自殺するぞ」と包丁二本持ってやってる。そこで私はお母さんを叱りとばしました。「お母ちゃん、まだ分からんのか!あんなに苦しんでるのに、まだ分からんのか!なんで子どもから逃げるんや」と言ってね。このお母さんもバスジャック事件のお母さんと一緒です。私に電話をしたから良かったものの、さもなければきっと警察に電話をしていたと思います。
 私は彼にこう言いました。「ええか、先生がこのお母ちゃんにお前の気持ちを説明したる」。そしていまから考えたら大事な言葉がふっと出たんです。「俺はお前を絶対にほかの世界にやりたくないんや。だからいまから上に上がっていく。俺を信用してくれ」。そう言って一段、一段、階段を上がっていきました。
 包丁を二本持っているんです。怖くなかったと言えば嘘になります。しかし彼はすっと私に包丁を渡しました。お母さんはへなへなとなりましたね。子どものモデル像たるべき大人の側に、キリッとしたものがなくて、どうして子どもが育てられますか。ああしなさい、こうしなさい、と言葉で言っても駄目なんです。
 コンビニで煙草を買っていた生徒を目撃したときのことです。「いまの煙草を出しなさい」と言うと素直に煙草を出します。「ライターも出しなさい」と言うと、「ライターなんか持ってへんわい。俺は学校では吸わんのや、俺は家では許されてるんや、嘘だと思ったら、ついてこい」と威勢がいいのです。お母さんに学校に来てもらい、指導することになりました。彼は両足を投げ出し、ふんぞり返りながら「何が悪いんや、おっかあは家ではいいと言ったやないか」と強気です。そのそばで母親はおろおろとし、たださめざめと泣くばかり。「君なあ、君が自分で稼いで吸うんなら、好きなようにすればいい。しかし、いまは君はすねかじりや!親にすがり、親に養ってもらっていて、その親が泣いているのを「ふん、くそくらえ」みたいな顔をしているとはどういうこっちゃ。それほど言うのなら自分で生活してみたらいい」。こう言うと、「だから俺はな、家を出ると言うたんや、それをおかはんたちはとめたんや」と、ますます元気です。実際、彼は家出を繰り返し、長い間学校に姿を見せないときも多かったのです。「だったらいますぐ一人で生活したらいい」と言うと、お母さんはいよいよどうしていいか分からなくなり、「そんなことを言ったら、また出ていきます……」と恨めしそうです。「ええわい、出ていったるわい」と一応元気な啖呵を切りますが、「ようさせない」という親の弱みにつけ込んでいるのです。要するに甘えきっているのです。
 そこで、「お母さん、あなたは家でのこの子の言動とか、学校での言動とかを正確にお父さんに伝えられていますか。お父さんはご存知ですか?」と聞くと、父親にはちゃんと話してないということです。やはりと思いました。お父さんにすべてを伝えた上で、話し合ってもらい、その上でまた話し合おうということにし、その日はお引き取りいただきました。
 それから幾日か経った日のことです。はにかみながら、彼が大きな体を折るようにして首を少し下げ、「どうも、ちょっと謝りたくて……」と言いながら校長室に入ってきました。思いもかけないことだったので驚きましたが、よく謝りにきたと言って褒め、激励して帰しました。
 担任の先生に聞くと「実はあの日お父さんが帰ってきたときに、お母さんは事の次第をすべて正確にお父さんに言われたそうです。するとお父さんはすべてを察知して、そこまでこの子を放置し、のさばらせてきた自分たちの過ちに気づき、「これはいかん」と、その子の部屋を蹴破って、「出てこい。この馬鹿もん、それほど出ていきたいなら、いますぐとっとと出ていけ、ただし、このことだけは言っておく、今日限り、お前が我が家の前で野垂れ死にしていても、絶対に骨は拾わん。これに嘘はない。絶対だ、さあ、とっとと出ていけ」と体を張って叱られたそうです。その気迫はいままで見たことがなかったと、お母さんがおっしゃっていました」とこうです。
 いまこの子に知らしめなければこの子は本当に堕落してしまう、いましかない、ここ一番というときには、親は子どもに絶対に背中を見せてはならないのです。ひるんではならないのです。
 
 「致知」二〇〇〇年一二月号「子どもは親の照り返し」
 (中村諭)より