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課題集 黄ネコヤナギ の山

○自由な題名 / 池新



★なぜ人は自分自身が(感) / 池新
 なぜ人は、自分自身が無から発生したかのように考えるのだろうか。気付いてみると自分がいたというように誰もが感じる。また、考える。身体的には父母によって生み落とされた事実は認めても、自分自身という自分のありようまでもそうであるとは考えない。なぜだろう。
 忘れたいのではないだろうか。自分に向かって問いかける、この問いかけ自体が父母によってもたらされた、あるいは、少なくとも父母によって、また父母によって代表される社会関係によって、その原型が形成されたという事実を、忘れたいのではないだろうか。
 それでは、なぜ、忘れたいのだろうか。自分自身をはじめてのもの、独自のものと見なしたいのだろうか。だが、もしそうであるとしても、その欲望はいったいどこから生まれたのだろうか。はじめてのものであり、独自なものであるということが、どうして価値になりうるのだろうか。
 あるいはこの欲望は、時代や風土に根差しているにすぎないのだろうか。はじめてのものや独自なものが価値をもちはじめたのは、近代になってからである、という考え方がある。すると、近代以前においてはそういうことはなかったのだろうか。
 そういうことはなかったのだと考えてみよう。たとえば、近代以前においては誰も自分自身が何者かと問う必要はなかった。なぜなら、父母の名を告げればよかったからである、というように。
 その場合にはおそらく、たったひとりで自分の名を自分に向かって呼びかけるときにも、その人間は父母の存在を忘れてはいなかったのであり、祖父母の存在を忘れてはいなかったのだ。いや、忘れてはいなかったというよりも、むしろ、父母や祖父母、さらに遠い祖先にまで自己を一体化していたのであり、まさに彼らの視点から自分に向かって自分の名を呼びかけていたのである。そういうことになるだろう。
 したがって、その場合には、身体はもとより、言葉も、自分だけのものではなかったということになるだろう。精神も身体も、父母によってもたらされたものであり、祖父母によって、さらに祖先によってもたらされたものであることは、彼にとってはまさに自明であり、彼らの意を体(たい)すること以外に自分が自分である理由などなかったということになる。意志も欲望も自分のものであると同時に父母のものであり、祖父母のものであり、祖先のものであるということになるわけだ。いってみれば、彼の主体は、死者によって満たされているわけである。死者の視線が、彼を彼自身にするのだ。
 この方法の対極にあるのは、自分は何者かという問いにこだわりつづける方法である。
 どちらが自然でどちらが不自然なのか私にはわからない。自然、不自然などという問題ではないかもしれない。前者が古く、後者が新しいようにも見えるが、後者のほうが人間の自己意識の裸のかたちであり、前者のほうがそれをくるみこむための精巧な社会的装置であるようにも見える。だが、いずれにせよいまでは、自分は何者かという問いにこだわりつづける姿勢のほうが、はるかに優勢であるように思われる。つまり、自己意識をくるみこむための装置が、社会的には失われているのである。人は、それぞれ独自の装置を発明しなければならないということになる。あるいは、ある段階からの文化の歴史は、この独自な装置の変容の歴史であるということになるかもしれない。
 前者から後者への変化を社会の変化に関連させて説くことはやさしい。たとえば、ある段階から、父母の名を告げることが、自分は何者かという問いに対する答えとしては、意味をなさなくなったと考えることもてきる。そういう状況はたやすく想像することができる。たとえば都市では、父母の名を告げることは意味をなさない。
 自分は何者かという問いは、はじめは出自を問うだけだったのかもしれない。だがそれはやがて、何ができるのかという問いを意味するようになり、他の人間とどこが違うのかという問いを意味するようになった。個性が要求され独自性が要求されるようになった。そう考えることもできる。
 自分が何者になるかは自分自身の決断にかかっている。父母の視線は忘れられ、祖父母の視線も忘れられる。いや、人はむしろ忘れるように努力しているのかもしれない。かつては忘れないように努力していたように。
 これがつまり自由だが、それは同時に不安をも意味している。自分を成り立たせた他者の視線はいまでは完全に抽象的なものになってしまった。人はただ視線だけを感じ、その背後にどのような意志も欲望も見出すことができない。あるいは、これこそ自分自身という関係の裸の姿であるというべきなのかもしれない。