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課題集 黄ナツメ の山

○自由な題名 / 池新
○家、自己主張の大切さ / 池新


★人生最後の日(感) / 池新
 私は、今日が人生最後の日であると心得て生きる。
 私は、たった一つの人生しかもっていない。人生とは、時間で計られるものにすぎない。一時の無駄は、一生という人生の無駄である。そして、もし私が今日という日を無駄にするならば、それは、私の人生の最後のページをむしり取ることになる。
 そうなれば、失ったその時は、もう取り戻すわけにはいかないのだから、私は、今日の一刻一刻を大切にしなければならない。
 時間は、今日銀行に預けておいて、明日引きだすというわけにはいかない。風を捕まえておくことができないことと同様である。私は、今日の時間の一分一分を、両手の中で、包みこむようにして慈しむ。なぜなら、それは、金銭的価値を越えたものであるからだ。死にかけた人物が、自分の全財産を投じても、もう一呼吸の息は買えまい。「金には変えられないもの」それは、人生でもっとも貴重なるものである。
 私は、今日が人生最後の日であると心得て生きる。
 私は、時間を無駄にする者とつきあうことは、怒りをもって拒絶する。時間の引きのばしは、ただちに行動をもって排除する。疑いは誠実さのもとに葬り去る。恐れは、信念をもって断ち切る。無駄口には耳を貸さない。ぶらぶらしている者とは、つきあわない。怠け者には、近づかない。
 これより、私は、怠け者とつきあうことは、私の愛する者から、食べ物、着る物、暖かさを盗む行為になるのだ、と考えることにする。
 そして、本日ただ今こそは、私の愛と偉大さを示す最後の機会なのである。
 私は、今日が人生最後の日であると心得て生きる。
 今日、成すべきことは、今日のうちにすます。今日、私は幼い私の子供らを慈しむ。なぜなら、明日は、彼らは去り、私もいなくなるのだから。今日、私は愛する妻を抱きしめ、甘いキスをする。なぜなら、明日は彼女は去り、私もいなくなるのだから。今日、私は困っている友に手を貸そう。なぜなら、明日は彼らは、助けを求めて叫べなくなるし、私も、彼らの叫びが聞こえなくなるのだから。今日、私は、人びとに与えるべく、力のかぎりに働く。なぜなら、明日は、私には与えるべき物は何もなく、受けとってくれる彼らもいないのだから。
 私は、今日が人生最後の日であると心得て生きる。
 もし今日が人生最後の日であるならば、それは、私のもっとも偉大な記念碑となるであろう。私は、今日の一日を、わが人生最良の日としよう。私は、今日の時間を一分一分味わって飲みほし、感謝する。私は、時間を一分たりとも無駄にせず、価値あるものと引き換える。私は、以前にも増してよく働き、自分の筋肉が悲鳴をあげるまで働く。私は、前にも増してよく売り、利益をあげつづける。かくて、今日の一分は、昨日の一時間より実りあるものになる。
 私は、今日が人生最後の日であると心得て生きる。
 そして、幸いにも、今日が最後の日でなかったならば、私は、跪いて神に感謝を捧げる。

 「地上最強の商人」(オグ・マンデイーノ)より