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課題集 黄クリ の山

○「中国には」を読んで / 池新
 一九七七年時点の日本では、ビジネスというゲームの目的は、会社を大きくすることであった。大きくするためにはどうしたらいいか。社員をたくさん採り、支店をたくさん開く。工場をどんどん建て、機械設備もどんどん大きなものに入れ替える。広告もどんどん打つ。「それ行けドンドン」経営をやればいいのだ。それ行けドンドン経営をすれば会社はますます大きくなり、大きくなれば利益率も高くなるのだから、経営者の仕事も単純である。そしてこれが、日本人が長い間浸ってきた成長経済である。
 それは常に成長を続けるという一つの均衡社会での哲学である。そしてその哲学は、こうした当時の状況を示すグラフによっても正しいことが証明されている。それは事実であった、この時点では。
 その意味で、人々がどんどん会社を大きくすることに邁進するのはよくわかる。土地は値上がりするから土地そのものは売らずに、担保に入れて金を借りればいい、やがて大きくなって儲かったら、借りた金も返せるし、土地も残るという考え方も非常にわかりやすい。
 一個人のレベルでは、そうした大きな会社は一流大学を卒業していないと採用してくれない。学閥、学歴偏重という非難をかわすために、三流と言われる大学から採ったとしても、彼らは決して順調に出世することはできない。
 結局、一流大学を出ることが、こうした一流企業に勤めるための道、条件になる。そしてその一流大学に入学するために、たとえば麻布、開成といった一流とされる進学校に進むのがもっとも確実である。そうした一流進学校は中高一貫教育になっているので、小学生のうちから塾に行って頑張らなければいけないということで、お受験の世界が始まる。
 小学校のころから踏ん張って塾に行き、一流進学校から一流大学へと進めば、こうした規模の大きい一流企業に入れる。それこそ日本人としての幸せであり、そしてまた日本経済に寄与するのもグラフの左側の中小会社ではなく、右側の大企業である。こうした哲学体系が確立されていった。それはそれで現実を反映しており、筋が通っていたとも言える。確かに七七年ごろはそういう時代だった。だがもう一つグラフを見ていただきたい。(グラフ略)。これは九七年三月期の同じ証券会社の経常利益率と資産規模の関係を表したものである。
 さすがにこの時期になると、一流大企業が一二、三パーセントの利益率を示していたものが、最高でも二、三パーセントにとどまっている。しかしそれ以上に、前の図とはだいぶ趣が違ってきていることにお気づきだろう。
 確かに規模の大きい会社は比較的大きな利益を上げている。だがよく見れば、小規模なのに野村証券より高い利益率を示している会社もある。
 こういう小規模ながら利益を上げているのはどういう会社なのだろうか。大きな会社ではしていないようなサービスをするなど、独自の特徴を出している会社である。よそにはない特徴で特定の客層をつかんでいる。そういうお客さんの支持を受けて、結果として儲かっている。いわば差別化をしている会社である。
 一九九七年の不況のまっただ中にあっても、スケールメリットというものは普遍的な価値であるため通用する。だからなれるものならどんどん大きくなって、メジャー企業、業界大手になれば利益を確保することはできる。だが、誰もが大手になれるわけではない。大手になれない会社、スケールメリットを武器にできない会社は、よそとは違う何かを持って競争に勝っていかなければならない。舞の海が曙と同じ型の相撲を取っても、勝つチャンスはまずあり得ない。だが体重は軽くて小さいというハンデはあるかもしれないが、舞の海には彼らしい機敏性、独創性がある。その持ち味を生かして相手を混乱させれば、たまには舞の海にも勝機が巡ってくるのである。相撲の世界だけではない。ビジネスの世界においても然りである。
 
 (堀紘一「不況に勝ち抜く」)


○個性 / 池新

○自由な題名 / 池新