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解説集 ペンペングサ2 の池 (最新版 /印刷版 /ウェブ版 /最新版
印刷版は印刷物として生徒に配布されているものと同じです。ウェブ版は書き込み用です。 http://www.mori7.net/mine/ike.php
最新版には印刷日(2019-06-14 00:00:00)以降に追加されたもの(グレーで表示)も掲載されています。

1.1週 
●独裁と民主主義、内申点
 現代は民主主義の時代ですが、国によっては、ある程度の独裁が必要だと考えているところもあります。また、過去の歴史でも、民主主義が社会の混乱を招き、独裁がその混乱を収拾したということもありました。
 独裁政権は腐敗しやすいものですが、民主主義の行き過ぎは衆愚政治に陥る可能性もあります。
 どういう社会を目指すべきかということをテーマにして考えてみましょう。
構成図の書き方
 構成図は、小3以上の生徒が書きます。小2以下の生徒は、絵をかいてから作文を始めるという課題になっているので、構成図は書かなくて結構です。
 構成図を書くときに大事なことは、思いついたことを自由にどんどん書くことです。テーマからはずれていても、あまり重要でないことでも一向にかまいません。
 たくさん書くことによって、考えが深まっていきます。したがって、構成図は、できるだけ枠(わく)を全部うめるようにしてください。しかし、全部埋まらなくてもかまいません。
 枠と枠の間は→などで結びます。この矢印は、書いた順序があとからわかるようにするためです。作文に書く順序ということではありません。
 構成用紙は、構成図の書き方に慣れるために使います。構成用紙を使わずに、白紙に自由に構成図を書いてもかまいません。
 

構成用紙を使って構成図を書きます。
頭の中にあるものをそのまま書くとき。
構成図で書くとき。
初めに絵をかきます。(絵はどこにかいてもいいです)
思いついた短文を書きます。(どこから始めてもいいです)
思いついたことを矢印でつなげていきます。
関係なさそうなことでも自由にどんどん書きます。
枠からはみだしてもかまいません。全部うまったらできあがり。

 


1.2週 
●(感)情報公開という言葉が
 第一段落はまず長文の要約。
「一般の人にも多くの分野で情報公開がされるようになったが、公開さえすれば良いというものではない。論理的な説明だけでは人間は納得しないものだ。客観的真理が絶対的なものと考えるのではなく、それを超えた理解の状態の大切さということにもっと目を向けるべき時代に来ている。」
 続けて当為の主題。
「情報とは有効に使わなければ価値のないものだ。情報公開は一般の人に分かりやすく活用しやすい形で行われるべきだ。」
 余裕のある人は、要約の代わりに状況説明で書き始めても良いでしょう。

 第二段落は一つ目の方法。
「専門的な知識がないのに聞きかじりの情報で判断するのは危険だ。第一の方法は、知識が伴わなければ危険であるということを意識し、一般の人も知識を得ようと努力することだ。」

 第三段落は二つ目の方法。
「第二の方法は、最新の情報をすぐに得られるようにすることだ。古い情報や間違った情報によって混乱を招かないようにすることだ。」
 たとえば、仕事場に古いものから新しいものまで山のように書類が積み上がっていることを想像してみてください。どんなに膨大な情報があっても、それはゴミ同然で役に立ちません。「情報も積もればゴミとなる(ことわざの加工の例)」

 第四段落は反対意見への理解を入れながら、当為の主題でまとめます。
「確かに、一般の人が有効に使えるように情報を提供することは難しいことかもしれない。しかし、医療を例にとっても医師だけが情報を握って判断を下す時代は終わったと思う。これからは、一般の人が情報を有効に活用し、自分で理解し判断するべき時代なのだ。」
 状況説明で書き始めた場合、書き出しの結びも意識してみましょう。

1.3週 
●(感)「寄物」という言葉を
<当為の主題>
「漂着」という言葉をキーワードにしよう。人と人との出会いやどう生きるべきかというテーマにできる。

・私たちは「あの人と友だちになろう」と思って友情関係を結ぶわけではない。ひょんなことや、いろいろな人を介して、意気投合した人と仲良くなるわけだし、その人が生涯の友になるかもしれない。
・私たちは「こう生きよう」「ああしよう」と思うが、けっきょく予定通りにはいかないものである。過去を振り返れば、「漂着」つまり、その時々の条件に流されて今があることに気づく。
⇒狙いを定め、それに執着してたどり着くこともできる。しかしそれは目的を果たしたといえるだろうか。豊かな生を生きるために、「こうあるべきだ」という決め付けから脱出し、偶然という波に身を任せどこかに「漂着」するゆとりも大切ではないか。

<複数の方法>
・自分を決め付けない。私にはできないと自主規制するのではなく、可能性を信じる。
・常識に縛られない。
・どこに「漂着」するか分からないという不安を拭い去る。
・柔軟なものの見方をするために、多種多様な価値観を受け入れる努力をする。

<歴史実例・長文実例>
・社会主義は計画にそって政治経済を理想にもっていく。しかし計画は実現しないものだ(自作名言)。世界の趨勢を頑なに無視して社会主義を固辞する国は貧困をきわめ、市場経済を導入した国は先進国への離陸を始めている。(だからといって資本主義を礼賛しているわけではない)

・世の中で活躍している人に話をきくと、最初からそうなろうと目指していたわけではなく、人との出会いや成り行きで今の仕事をしているという人が多い。「サザエさん」の「波平」を演じた声優永井一郎氏は最初は俳優を目指していたが、アルバイトとして声優の仕事をしているうちに「サザエさん」で当たり役を得て声優になった。

<反対意見への理解>
確かに目標を定め、それにまっしぐらという生き方もある。しかしその目標は何のためだろうか? 本質的意味での目標を考えれば、目の前の目標に固執することが自分にとってプラスになるかどうか。私たちは流されるままに生きていくことで、本当の自分や才能や幸福を見つけることができる(自作名言)。

2.1週 
●(感)私はある時から
 第一段落は長文の要約またはテーマに関する状況説明で書き始めます。
(要約例)「言語を一般的にヒトが持つ特質と見なせば、そこには明白な普遍性が認められる。国語を脳機能として考えることも可能だ。たとえば、日本語には音訓読みが存在し、『読み』のために脳の二ヶ所を利用するという特性がある。対象の分類によって学問を分類する時代は終わった。国語を知るために脳機能として国語をとらえる方法を利用してもよいのではないだろうか。」
 続けて是非の主題。
(例)「日本語は世界でも特異な言語だといわれる。このような特異な言語を脳機能として働かせている私たちは、もっと自分たちの言語に興味を持ち、大切にするべきだ。」

 第二段落は一つ目の方法。
「若者言葉など、新しく変化した言葉を使うのもよいが、古くから使われてきたいわゆる正しい日本語をきちんと使えるようにすることだ。」
 長文の中にも『最後の授業』という物語が取り上げられていますが、自分たちの母国語を正確に使えるというのは大事なことです。歴史実例は、普仏戦争に破れたフランスでフランス語の授業が禁止された話などが入れられそうです。

 第三段落は二つ目の方法。
「外国語との比較によって、日本語のすばらしい特性に気づくこともある。外国語をしっかりと勉強することだ。」
 それだけを見ているときは気づかなくても、他のものとの比較により新しい発見をすることがあります。「将を射んとする者はまず馬を射よ」ということわざがありますが、「母国語を理解しようとする者はまず外国語を理解せよ(ことわざの加工)」。

 第四段落は反対意見への理解を入れながら、当為の主題でまとめます。
「確かに、世界には他にもすぐれた言語がたくさんある。日本語が最もすばらしい言語だという考え方に走ってはいけないと思うが、自分が生まれ育った母国語を研究し、その良さをもっと理解するべきだ。」
 状況説明で書き始めた場合、書き出しの結びも意識してみましょう。

2.2週 
●(感)大きな災害の直後の
 第一段落は長文の要約またはテーマに関する状況説明で書き始めます。
(要約例)「『充実』という心の状態は危機に直面したときに最も強く起こる。スポーツやゲームでも、『充実感』を味わうことはできる。この心の状態の起源を夢に求めることができるのではないか。つまり、大人になってもなお真剣になることができるようなこととは、すべて夢の中で感じる心の状態が源泉として働いているのではないか。」
 続けて是非の主題。人間にとってのリアリティの源泉はすべて夢にあるのではないかという筆者の意見は興味深いですね。目覚めと共に消えてしまい、はかないものの代名詞のように言われる夢ですが、「充実感」という視点から見ると夢は人間にとって非常に重要なもののようです。「人間はいつも充実感を持てるような生き方をするべきだ。」

 第二、第三段落はその方法。一つ目は自分自身のこと、二つ目は社会的な視点から考えてみるとよいでしょう。
「自分が生きがいを持てるような分野を早く見つけることだ。」
「子供から高齢者までが生きがいを持てるような社会をつくることだ。」

 第四段落は反対意見への理解を入れながら、当為の主題でまとめます。
「確かに、現代社会は問題が多く、生きがいを持つことが難しくなっているようだ。しかし、『充実感』の起源を夢に求めることができるという長文の内容からも分かるように、人間とは『充実感』を求める生き物なのだと思う。一度きりの人生をどのように『充実感』を持って生きていくか、真剣に考えるべきである。」
 状況説明で書き始めた場合、書き出しの結びも意識してみましょう。

2.3週 
●(感)人間は、合理的に
 筆者の意見は、ひとことで言えば、「微妙なニュアンスの差などはどうでもいい、大事なのは中身だ」ということです。
 デノテーションやコノテーションという言葉がわかりにくいと思いますが、大筋の中身をつかんでいきましょう。
●(感)人間は、合理的に
 一段落は要約と当為の主題。「もっと物事の本質を大切にするべきだ。」
 二段落は複数の方法一。「表面的な事柄だけにとらわれないことだ。」2009年に行われた定額給付金、1999年に行われた地域振興券、これは国民の経済支援ということで行われた政策ですが、実際にそれで経済は上向きにはならず。ばらまき政治だと批判さえ起こりました。小手先だけの経済政策だけでお茶を濁すのではなく、もっと先を見据えた政策を考えるべきだということでしょう。
 三段落は複数の方法二、歴史実例。「本質を見抜く目を持つことだ。」日本で長く続いた江戸時代。徳川家康から十五代慶喜まで基本的には世襲制でした。将軍となった人、全てが頭脳明晰で人望が厚かったかというわけでは決してありません。その人がどんな才能を持ち、どんなことに向いているのか、その人の持つ本質を見抜き、正しく評価できなければ発展はありえないということですね。
 四段落はまとめ。「確かに物事の本質を簡単に理解することは難しい。しかし、小手先に惑わされ、本質を理解することなしに、成長することはできないだろう。」

3.1週 
●(感)写真が物語化する装置
<当為の主題と方法>
(例1)
 現代は、芸能界を目指す人が非常に多いことを知っていますか? みんな、主人公になりたいんですね。ヒトという種の中の一つに過ぎない、歴史の流れを継ぐ一つに過ぎない、この地球上の人間社会を形成する一つに過ぎないという自己認識は、今の私たちには希薄です。
 主人公になるための簡単な道具が写真。記憶にないことでも写真を見れば思い出し、自分の今までのドラマができる。あるいは素敵な写真を残すことで、自分が主人公を演じるドラマを作る。
写真を見る、撮るという体験から、「写真とは」「自己認識とは」などの当為の主題を導き出しましょう。例えば、「写真とは単なる記録装置であるべきだ」「個人主義の現代、写真は自己認識や自己形成、自己表現に多いに利用されるべきだ」「写真とは真実の一部を限定された視点から切り取ったものに過ぎないから、自己認識の道具として用いるべきではない」など。
自分が主人公になりきってしまう人が増えれば、当然、本物は誰かという衝突が起きます。そのときに自我が崩壊する可能性がありますね。賞賛されて育った人が自分の現実の姿に愕然として、またはエリートがちょっとした成績の降下で不安定になり、病気になったり事件をおこしたりします。
「私」が肥大化しないように、ドラマ作りはほどほどにして、他者の中での自分という観点を常に持ち続ける必要があります。
(例2)
他人の写真を見るという体験は、例えば有名人の写真が好例になりますね。写真を見て、勝手にイメージを作り上げてしまいます。しかもそれは根深い。そこから、「写真は真実を現すものではないことを意識するべきだ」など。
実物と写真が全然違うという経験をしたことのある人は、写真は対象物を単に記録するものではなく、一枚の絵を作るものだということに注意できるでしょう。
(例3)
写真の悪用による社会問題などを取り上げてみるのもいいでしょう。「自分の身を守るためにも、自己認識の崩壊を防ぐためにも、むやみに自分の写真を流通させるべきではない」など。 
携帯やパソコンで自画像を安易に流すことに注意したほうがいいですね。どこでどのように自分の写真が使われているのか分かりません。たとえ友人たちの中だけでも、写真を見て勝手に先入観をもたれて「なんか、この子意地悪そう」と思い込まれたら困りますね。
〜歴史実例〜
 写真が初めてある文化に紹介されるとき、人々はみな恐れますね。例えば「魂が吸い取られる」などという言葉は有名な言葉です。初めて日本に写真が紹介されたときなどのエピソードが書きやすいでしょう。

〜反対意見への理解〜
確かに写真は忘れてしまう思い出をしっかり記録しておいてくれるし、また、新たな自分の発見や自己表現などにも使えます。誰かの情報を得るのにも写真は有効な道具です。選挙のときに、顔写真の撮影にこだわる政治家が多いのも頷けます。けれども、写真は真実ではないのです。あくまでも作られたものなのです。
●(感)写真が物語化する装置
 一段落の当為の主題。「写真は必ずしも真実だけを写すものではないということを認識するべきである。」
 二段落、方法その1。「その写真の背景にある事実を考えることだ。」
 以前、子どもたちが無邪気に遊んでいる写真を見ました。青空の下でとても楽しそうに遊ぶ子どもたち。解説には、紛争中の地域で撮られた、とありました。その写真が撮られた歴史的背景を知ることで、見えてくるものがありそうです。
 三段落、方法その2。「写真は撮る人の意志が影響することを理解することだ。」
 朝日新聞の記者が自作自演で、沖縄にある珊瑚礁に落書きをし、それを撮影し、ダイバーのモラルを問う記事を載せたという事件がありました。公正な立場で報道するべき新聞が、写真を使って事件を捏造したという事実は、当時世間を大変騒がせたものです。写真の捏造は昔からよく行われてきました。写真は撮る人の意志によって、事実をねじ曲げることができるということですね。
 四段落は、まとめ。「確かに写真があることによって、貴重な記録が残されてきた(反対意見への理解)。しかし、写真はあくまで写真であり、その写真が真実を全て伝えているとは限らないということを私たちは理解するべきである。」

3.2週 
●(感)岡潔先生のお考えは
大まかに二つのテーマを挙げられるだろう。他者理解や異文化理解、または近年発達している生命科学である。

<当為の主題>
・人間は、自分であれ他者であれ生きようとする本能をもっていることを尊重するべきだ。
・肌の色、言葉、習慣が異なっても、内側に同じ仕組みを備えた同じ生命であることを認識すべきだ。
・科学技術で理解される人間と、情や自我をもつ人間とをないまぜにするべきではない。

<複数の方法>
・姿形、状態という目に見えるだけのもので感じたことが全てではないことを自覚する。
・自分とは異なる種類の他者の言葉に耳を傾け、気持ちを想像する努力をする。
・皮膚一枚で自分と他者が隔たっているだけということを認識する。
・人体の生死とは別に自我の生死があるということを想像する。
・個人、人種という区別に縛られず、人間という種の一員であることを自覚する。

<長文実例>
・日本に比べて西欧では安楽死や臓器移植が盛んである。
・日本ではできない臓器移植や体外受精などの治療を欧米で受ける人びとが増えている。
・白人至上主義という価値観はあるが、黄色人種至上主義というものはない。その代わり東洋では文化による上下関係や差別がある。
・日本で臓器移植や脳死判定は自然発生的に認知されたのではなく、西欧からの半ば強引な導入によるものであり、議論はまだ終わっていない。

<反対意見への理解>
・確かに私たちは私たちを覆う皮膚や文化というもので自分と他者を区別しているし、それは自己アイデンティティーの確立に必要だ。けれども根本部分、つまり皮膚の下では同じ生命であり、私たちは人間という生物としてつながっているのだ(自作名言)。
・確かに医療技術の発達でかつては助からなかった命や治らなかった病人も希望を持つことができている。しかしそれが他者の命や気持ち、その人を取り巻く人びとの気持ちを犠牲にするものであってはならない。

3.3週 
●(感)多くの場合
<当為の主題>
 臭いものに蓋をするという風潮が当たり前のようになっている日本社会で、問題に真正面から取り組む勇気とエネルギーと精神力を養うべきである。

<複数の方法>
・国内外を問わず、今まさに苦しんでいる人びとや悲しんでいる人びとのことを知る。
・世界は自分を取り巻く世界だけではないということを知る。マスメディアから得られる情報に敏感になり、思いを馳せる努力をする。
・国家、学校、社会、マスメディア、大人たち。みんなが臭いものを入れ物から取り出して、目の前にかざしてじっくり眺めるべきである。
・傷つくこと、傷つけることを恐れてはいけない。
・苦しんでいる人たちとともに、苦しみを共有する。

<歴史実例・長文実例>
・神谷美恵子という精神医学者がいる。彼女はハンセン病患者の隔離施設に住み込んで、ハンセン病患者たちの心の支えとして尽くした。彼女自身もハンセン病になり死んだが、彼女はハンセン病にかかったことを苦しみと思わず「これで真に分かり合える」と喜びに満ちた。
・病院での死を迎える人びとが多くなるにつれ、死は私たちから遠ざかった。誰にでも訪れる死が、まるで他人事のようになった。かつて人は長い間自分の家で闘病し死んでいった。その過程に家族は関わらざるをえなかった。死は身近で、それとともに生の実感もあっただろう。

<反対意見への理解>
 情報社会、競争社会の現代。確かに当面の問題とは関係ない苦難と向き合うことは無駄な時間と労力を費やすことになるだろう。しかし人はなんのために生きているのかを考えれば、受験勉強の苦労よりも、死に瀕している人とともに生を生きる困難のほうが人間として重要なことが分かる。

<自作名言>
人は死ぬために生きている。
死は生を有意義なものにする。
人は何のために生きているかを考え続けることこそが生きる目的だ。