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解説集 ゼニゴケ の池 (最新版 /印刷版 /ウェブ版 /最新版
印刷版は印刷物として生徒に配布されているものと同じです。ウェブ版は書き込み用です。 http://www.mori7.net/mine/ike.php
最新版には印刷日(2019-06-14 00:00:00)以降に追加されたもの(グレーで表示)も掲載されています。

1.1週 
●ベンチャー、宗教
 アメリカではベンチャービジネスの成功が大きな話題となっています。日本でも、若い人が自分の持っている特技をもとに会社を立ち上げるという例が増えています。しかし、日本ではまだベンチャーを育てる環境が貧困です。その背景と対策を考えてみましょう。
 高3 1.1週のヒント ●ベンチャー
 米国や北欧では、産学連携が進んでいる。日本でも、最近やっと大学と企業が連携をする動きが出てきた。大学と実社会のニーズと深く関わった研究をすることは大切である。しかし、これが行き過ぎると、すぐには役に立たない基礎研究や企業化との関連が薄い研究が軽視されるようになるのではないか。
 第一の対策は、産学連携の実態を公開することである。アメリカでは、大学での教育や研究がおろそかにならないように、研究者が企業に出かける頻度に制限を設けているという。こういうことが公開されていればこそ、産学連携がスムーズに進むのである。私のクラスにも、受験に関係のない科目は勉強しないという傾向があったが、成績が公開されるのであまり手を抜けなくなった。(笑)
 第二の対策は、産学連携の理想的なモデルを日本でも早く作ることである。「福翁自伝」によると、福沢諭吉は学問の意義をその実用性に置いていた(読書実例)。しかし、それは自身が四書五経のバックボーンを持っていたからこそできたことなのである。現在の大学の教授は、学問のことは知っていても社会のことは知らない人が多い。両方を知っている人を中心に、モデルケースを作っていくことが必要である。確かに一般教養のような学問も大切だが、現実の社会の必要性に応えることが学問の重要な意義である。
 ことわざの加工:「新しいブドウ酒は新しい皮袋にという言葉がある。しかし、同時に古い皮袋にある古いブドウ酒も大事に保管しておく必要がある。」
 
構成図の書き方
 構成用紙は、構成図の書き方に慣れるために使います。構成用紙を使わずに、白紙に自由に構成図を書いてもかまいません。
構成用紙を使って構成図を書きます。
頭の中にあるものをそのまま書くとき。
構成図で書くとき。
初めに絵をかきます。(絵はどこにかいてもいいです)
思いついた短文を書きます。(どこから始めてもいいです)
思いついたことを矢印でつなげていきます。
関係なさそうなことでも自由にどんどん書きます。
枠からはみだしてもかまいません。全部うまったらできあがり。

 


1.2週 
●真意を伝えるのは(感)
 内容:人間は言語によって日常世界を構築する。サルトルの「嘔吐」は言語化されない世界が人間に与える衝撃を描いている。映像論者の多くは、映像が言語にかわって世界を抽象化すると主張しているが、映像の価値は言語にとってかわることにあるのではなく、言語化された世界に挑戦し言語を活性化することにある。

 解説:言語の抽象化作用は強いので、言葉にするとすべてわかったような気がしてきます。自由な社会とか平和な世界などという言葉を聞くと、ついわかったような気がするでしょう。「うん、やっぱり自由はいいね」とか「やっぱり平和がいちばんだよ」などという感じで、すっきり収まる気がしてきます。しかし、この自由にも弱肉強食の自由があり、平和にも怠惰に満ちた平和があるという反論は、言語よりもむしろ映像の表現力のほうに期待できそうです。

 ところが逆に、映像だけでものごとを理解しようとするとムード的なものに流されてしまいます。テレビのコマーシャルで、リポビタンDを飲んで急に垂直な崖を駆け登ったり、風邪薬を飲んだとたんに急に元気になったりするシーンがよくありますが、このシーンを言語化してとらえないと、本当にそういうものだと思ってしまうかもしれません。(そんなことないか)

 言語の限界、映像の限界ということで考えてみましょう。
高3 1.2週のヒント ●真意を伝えるのは(感)

 言語には強い抽象作用があります。それが、ステレオタイプな言葉や認識を生み出します。例えば、「近ごろの高校生は……」「近ごろの大人は……」「アメリカ人は……」と十把一絡げに説明すると、それでわかったような気がしてしまいます。本来は、映像がその抽象化作用に対抗する手段になるはずなのですが、映像を提供する側の人も、そのステレオタイプの発想で映像を提供していることがあります。例えば、絵葉書のような風景写真、水戸黄門のような番組、北朝鮮の報道写真など。
 第一段落は、要約と意見(予測問題の主題)。「映像が映像の独自性を持たずに、言語と同じ土俵でますますステレオタイプ化されつつあることが問題だ(予測)。」
 第二段落は、その対策1と体験実例。「対策としては、パターン化された映像に対する自由な批判を保証することだ。そのためには、紅白の裏番組でボブ・サップが放映されたように、映像の選択肢そのものが増える必要もある(対策)。小学校のときの卒業式の光景は、子供が小さいせいもあるがどこも同じような形式だった。自由な卒業式を自分たちで作ろうという意見を言い出せない雰囲気があるとしたら問題だ。」
 第三段落は、対策2と読書実例。「また、もう一つの対策として、世界を理屈で解釈しようとするのではなく、自分の目でありのままに見ていく必要がある。勝海舟は、その自伝的な書物の中で、「知識や理屈は役に立たない。大事なのは気合だ」と述べている(読書)。」
 第四段落は、反対理解とことわざの加工、又は自作名言。「確かに、知識の裏づけが映像をより深める場合もある。しかし、映像は言語とは異なる価値を自覚すべきだ。レンズのほこりではなく自分の目のほこりを払わねばならないのは、カメラマンばかりではない(ことわざの加工)。映像とは言葉を補助する手段ではなく、言葉に対抗する手段なのだ。」
 

1.3週 
●アジアには国と国との協調を(感)
 内容:アジアでは、ヨーロッパに比べて、国と国との協調をはかる組織が少ない。ナショナリズムの強いアジアの国を回って香港につくとほっとする。香港は植民地であった歴史から東西と南北を仲介する緩衝地帯の役目を果たしている。

 解説:日本は、これまで欧米に追いつくということを目標として成長してきました。しかし、これからは、近隣のアジアの諸国といかに協力していくかということが大きな課題になってきます。

 ところが、当のアジアは経済成長の真っ只中で、協力よりも国家主義の主張のほうが盛んです。また、同じアジアの中でも、経済的には日本が、軍事的には中国が突出しているというアンバランスな状態が続いています。

 アジアの国どうしの協力がなぜ必要かというところから出発して、協力が十分でない原因と、今後の対策及び日本の役割を考えていきましょう。
高3 1.3週のヒント ●アジアには国と国との協調を(感)

 特に一つの主題があるわけではありません。アジアの国どうしの協力が十分でないという問題と、その対策としての日本の役割を考えていくといいでしょう。
 
 第一段落は、要約と意見(予測問題)。「政治的リーダーシップ不在の中で、アジアの結束が更に弱まっていくことが予想される。」
 
 第二段落は、対策と体験実例。「第一には、日本自身がアジア全体に対するビジョンを持つことである。身近な例だが、私の小学校時代のクラスも、先生の存在感が希薄なときはクラスのまとまりがなくいざこざが多かったが、先生がクラス作りのビジョンを持っているときは、みんながまとまって楽しいクラスになった。」
 
 第三段落は、対策2と読書実例。「第二には、そのビジョンを一つの国が持つだけでなく、みんなの総意を生かすかたちで民主的に持っていくことだ。勝海舟は、その自伝の中で、江戸城開城の準備として自分の足で直接江戸中のならず者の親分に話をつけたと述べている(読書実例)。上からの命令という形でなく、相互の信頼関係をもとにしたことが、開城をスムーズに進める要因となった。」
 
 第四段落は、反対理解とことわざの加工、又は自作名言。「確かに、アジアがばらばらに見えるのは、それが発展途上の熱気の中にあるからだと考えることもできる。また、アジアという地域にこだわらず広く地球全体を考えていくべきだという考えもある。しかし、アジアには独自の課題があり、それは相互の協力と信頼の中でなければ解決されないだろう。船頭は多くてもいいが、互いに充分なコミュニケーションがとれている必要がある(ことわざの加工)。アジアという言葉は単に地域の名称というだけでなく、一つの生きたまとまりを意味するようになるべきである(自作名言)。」
 
 

2.1週 
●経験界で出合うあらゆる事物(感)
 内容:意識とは本来「……への意識」として志向性を持つものである。しかし、志向性を持つためにはそこに、その志向するものに対する本質把握がなければならない。サルトルの「嘔吐」には、本質を把握できずに存在そのものに直面した意識の混乱が描かれている。

 解説:サルトルがいままた話題になっているようです。私(森川林)が学生時代にはじめて読んだ哲学的な本がサルトルの「存在と無」でした。中身はすっかり忘れてしまいましたが(笑)、存在の中に生まれた無が意識であるというような表現に新鮮な感動を覚えました。志向することをその本質とする意識が志向しきれない対象こそ存在そのものなのでしょう。

 例えば、あるものを見て、言葉では言い表せないという印象を持つことがあります。また、あるものを見て気を失うということがあります。そのとき、意識は、その対象を対象として把握しきれないまま存在そのものに直面しているのだと言えるでしょう。感受性の強いサルトルは、その存在の本質を公園の木の根っこに見ました。

 芸術家なども、絵を描く対象を存在そのものとして見るようです。ある芸術家は、馬などを描くときもそれを馬として描くのではなく、ひとつの茶色のすらりとした存在の美しさを一生懸命表現しようとして描いた結果、それが周りの人から「馬の絵」として見られると述べています。

 これを今日の社会の問題として考えてみると、存在そのものに触れる機会の少なくなった現代社会ということが言えそうです。かつて、幼稚園で自由に絵を描かせると、「おふねにのっているどうぶつたち」という題で、船を表わしている線の上に、「牛」「馬」「犬」などの漢字を並べた絵を描いた子がいたそうです。知識や理屈を先に覚えてしまい、実際の体験が後回しになるという傾向は、現代社会のひとつの特徴と言えます。

 なんでもわかった気がする。しかし、深い感動がない。存在を実感する機会がない。自分が生きている実感もない、という問題が現代の社会にありそうです。言い換えれば、意識の志向しきれない対象としての存在そのものが希薄になっているのが現代社会の問題として考えられそうです。
 高3 2.1週のヒント ●経験界で出合うあらゆる事物(感)
 第一段落は、要約と意見(予測問題)。「今日のように、情報化が進んでくると、言葉にならないような深い体験をする機会が減ってしまうのではないか。」
 第二段落は、その対策と体験実例。「第一は、そのものに直接ぶつかるような機会を増やすことである(対策)。私も、本を読むときは、解説などは読まずにまず原文にぶつかってみることにしている。」
 第三段落は、対策2と社会実例(読書)。「第二は、言葉で説明をして終わりにしないということである。勝海舟は、事情練磨ということを述べている(読書)。また禅に不立文字(ふりゅうもんじ)という言葉がある。大事なことは、言葉では伝わらないと自覚することが大切である。」
 第四段落は、反対理解と自作名言、又はことわざの加工。「確かに、物事を言葉で概念化することによって、人間の認識は急速に広がった。しかし、世界とは理解するものではなく、まずその中で生きるものなのである。」

2.2週 
●新しい世紀にむけ(感)
 内容:戦後の道徳は私利私欲を否定し公共性を優先させてきた。しかし、「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」のような標語はかえって道徳を実践させにくくしている。私は、阪神大震災のボランティアに、自分のしたいことが人のためにつながるという新しい動きを見ている。

 解説:資本主義の原則は、自分の利益が社会の利益につながるというものでした。アメリカ資本主義の勃興期には「GMにとってよいことはアメリカにとってよいことだ」という論理が成り立ちました。これを国際社会に当てはめれば「アメリカにとってよいことは世界全体にとってよいことだ」という論理も成り立ちます。自由貿易の主張は、それぞれの国が自分のいちばん得意なものを専門にして利益を上げることが世界全体の利益の増加につながるという考え方をもとにしていました。

 しかし、資本主義の発展が鈍化すると、ゼロサム社会の面が強くなり、現代では「自分の利益は、他人の損失」という考えのほうが説得力を持つようになってきています。

 自分の利益が社会の利益につながるような道徳は、心構えを変えることによって実現するものではなく、社会や経済の仕組みを変えることによって実現するものでしょう。

 二酸化炭素の排出を抑えるために、現在、排出権取引という仕組みが作られつつあります。これも、自分の利益が社会全体の利益に結びつく仕組みでしょう。

 自分の利益と社会の利益を調和させる方法を考えてみましょう。
高3 2.2週のヒント ●新しい世紀にむけ(感)
 第一段落は、要約と意見(予測問題)。「自分の興味や関心から出発せず義務感で行われるボランティア活動が増えるのではないか。」
 第二段落は、対策と体験実例。「まず、面白いからやるという自主性を大事にすべきだ(対策)。私も、昔、公園のゴミ拾いで、ゴミを捨てた人に心の中で文句を言いながらやっていたことがあるので反省した。」
 第三段落は、対策2と読書実例。「もう一つは、ボランティアをすることが自分にもプラスになるという仕組みを作ることだ。マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」によれば、資本主義は、「利益を上げることが神に仕える道だ」という独特の論理によって発展した。」
 第四段落は、反対理解とことわざの加工、または自作名言。「確かに、きっかけとしてはボランティアの義務化というようなことも必要だ。しかし、楽しいからやるという原点を忘れてはならない。一人は万人のためではなく、まず自分自身という一人のために生きなければならない。」
 
 

2.3週 
●「大人」は一人前の社会人として(感)
 内容:子ども観は、社会によって異なる。ナバホ・インディアンは子どもを自立したものと考え、部族の行事のすべてに子どもたちを参加させる。子どもを大人とは異なる庇護される対象として見る子ども観は、近代西欧社会で生み出された。日本では、「子ども」は近代国家を担う国民の育成をめざして義務教育制度の対象として生み出された。しかし、柄谷行人によれば、子ども観のイメージを形成したものは、小川未明らによる文学におけるロマン主義的観念であった。

 解説:純真無垢な子どもという観念は、文学的なイメージとして形成され社会に定着したようです。か弱い女性とか、ださい親父とか、ナウイギャル(言わん言わん)などという観念も、漫画やテレビの影響で形成されたイメージです。

 こういう文学や漫画やテレビが生み出すイメージ形成力は、政治を左右するほどの大きな力を持ちます。日本の工場でロボット導入が進んだのは、ロボット=鉄腕アトムという肯定的なイメージが日本人の潜在意識にあったからだと言われています。

 逆に日本がアメリカに比べて新産業創出の面で遅れているのは、アメリカでの金持ちのイメージがビル・ゲイツのようにさっそうとした人物であるのに対して、日本での金持ちのイメージがでっぷり太って葉巻をくわえてイスにすわっているような人物であることとも関係がありそうです。

 中高生の一部にある暴力への憧れも、漫画による影響がかなりあります。パンチ一発で数メートルもふっとんだ相手がすぐに立ち上がって、「ふ、なかなかやるな(ニヤリ)」などという場面を見ていると、暴力がカッコイイと思う人も出てくるのでしょう。

 メディアの持つイメージ形成力の持つマイナス面を論じながら、そのイメージ形成力をうまく利用するためにはどうしたらいいかを考えてみるといいでしょう。
高3 2.3週のヒント ●「大人」は一人前の社会人として(感)
 第一段落は、要約と意見(予測問題)。「メディアによって作られたイメージが、現実を離れて独り歩きするおそれがある(予測)。」
 第二段落は、対策と体験実例。「第一は、自分の目で現実を見るということが挙げられる。テレビや新聞だけに頼らないということである(対策)。私も先日、実際に○○に行って、噂と現実は違うということを実感した。」
 第三段落は、対策2と社会実例(読書)。「また、もう一つは、情報を受け取るだけでなく、自分自身が発信することも大切だ。グーテンベルグの発明による活版印刷術は歴史を進歩させた。同様に、インターネットは、情報の民主化を更に進歩させる可能性を持っている。2ちゃんねるなどの掲示板も、巨大な書物と言えるのではないか(読書?)。
 第四段落は、まとめの意見と自作名言。「イメージとは、作られるだけでなく、自分たちが作ることのできるものなのである。」

3.1週 
●しつけは心の面で(感)
 内容:しつけは外からの制限を内在化して、その内的な規範や枠によって今度は自分を統制し、社会的に受けいれられるようになる人とのかかわりのプロセスのことである。しかしこの制限に信頼がないと外の力に一時的に屈服させられて命令に従うが、その命令は内在化さ れない。外的命令が内在化されないままの場合、外的な力が遠ざかると再び自分の内的な衝動に従った行動が出てしまうことになる。私たちは、「ほかの人に叱られるから」という外的な規制をすることがあるが、これは人格の受け身性を生み出し、自律性の形成不全をもたらす。

 解説:現代の社会では、何でも自由にのびのびとさせようとするあまり、我慢する機会が減っているようです。しつけの中心となる家庭でも、親が子育てに自信を持てず、子供のご機嫌をとったり、甘やかしすぎたりする傾向が見られます。叱り方でも、この長文にあるように「そんなことすると、おまわりさんに叱られますよ」というような気迫の感じられない叱り方が多いようです。子供は、信頼する人にしっかり叱られてこそたくましく育ちます。

 「もうテレビは1時間見たから消しなさい」「えー、だって、まだ面白い番組があるのにー。なんでだめなのー」「親の言うことに『なんでー』などというたわけたことを言うな。ゴツン」。こういう無理を言う親がいてこそ、子供はしっかり育ちますが、戦後民主主義の浅い理解から生まれた誤解で、何でも本人の自覚と自主性にまかせるという甘やかしが今は社会のあちこちでひずみを生み出しているようです。いじめがあったときなどでも、「なんでいじめちゃったのかな、そのとき相手はどんな気持ちだったのかな、自分でよく考えてみようね」などというふやけた指導が結構あるようです。

 外的な規範の不在と、規範が内在化されないことに伴う自立性の欠如ということを社会問題として考えてみましょう。
高3年 3.1週 ●しつけは心の面で(感)
 第一段落は、要約と意見(予測問題の主題)。「規範が内在化されず、『赤信号みんなで渡れば』式の他人志向に人間が増えてくることが予想される。」
 
 第二段落は、対策と体験実例。「その対策としては、第一に、人に頼らずに自分自身で規範を作らなければならない。現代は、携帯電話やインターネットと過去の時代にはなかったような新しい道具が数多くある。その使い方まで過去の事例を参考にすることはできない。私も、他人にどう見られるかということよりも自分自身がどうあるべきかと考えたことをもとに行動するようにしている。」
 
 第三段落は、対策2と社会実例(読書)。「もう一つの対策は、多くの人が自分の意見を発表する場を設けることである。他人志向は、自分の意見が自覚されていないことが原因だからだ。「福翁自伝」によると、諭吉の時代の英語やオランダ語の勉強法は、各人が自分で訳したものを発表するという形式だったそうだ。このように、自分の考えを述べることを尊ぶ時代風潮が明治時代の多くの人材を生み出したのではないか。
 
 第四段落は、反対理解と自作名言、又はことわざの加工。「確かに、『おまわりさんに言いつけるよ』というような他人志向の考え方が、日本社会の調和を作ってきた面はある。しかし、これからの時代には、自分の内部に規範があるような人間が求められる。規範とは外にあるときよりも、自分の内部にあるときが最も力を発揮する。鳥は、だれが見ていなくてもあとを濁さずに飛び立つのである。」
 
 

3.2週 
●人間科学における根本問題は(感)
 内容:人間科学における根本問題は、研究の対象が人間であり、それを行う主体の方も人間である、ということである。近代の自然科学は分析という方法論によって発達してきたが、人間科学は、「自」と「他」の区別を少なくすることによって逆に研究の対象に接近することができる面もある。

 解説:スプーン曲げなどの超能力の実験では、懐疑的な人がいると実験がうまくいかないということがあるそうです。もしこれが本当だとすれば、ものごとを客観的に分析するというこれまでの方法論とはまた違ったアプローチが必要になってくるでしょう。人間が関与することには、こういう逆説がしばしばあるようです。物理的なこと、例えば水の流れなどでは、障害物のないほうがうまく流れることは言うまでもありませんが、人間の場合は、逆に障害物があったほうがファイトが出てきて結果としてうまく行くということもよくあります。スウェーデンの調査で、健康管理をしたグループよりも健康管理をしないグループのほうが長生きをしたという実験がありました。子供の教育に関してもその子供の過去の直線的な延長線上に未来の姿があるわけではありません。これからDNAによる病気の予防などが実用化されるようになるでしょうが、その過程で犯罪者になりやすい遺伝子や正義の味方になりやすい遺伝子なども発見されるでしょう。しかし、その遺伝子のとおりの人間になる保証はありません。むしろ、犯罪者になりやすいことを自覚した人の中にこそ立派な人が生まれるような気がします。

 しかし、今の科学はまだ分析科学のパラダイムを大きく超えていません。今のところ、分析科学の単純な因果関係を克服する可能性があるのは、確率論や統計学の分野にあるように思われますが、もしかしたら将来もっと斬新な方法論が出てくるのかもしれません。
●人間科学における根本問題は(感)
 第一段落は、要約と意見(予測問題)。「研究対象を他から切り離すデカルト・ニュートンパラダイムを否定するあまり、理詰めに物事を考える姿勢まで否定する傾向が生まれつつある。」

 第二段落はその対策と体験実例。「第一の対策としては、学校教育で、数学や物理などのデカルト・ニュートンパラダイムの基礎をしっかりと教えることだ。私も文系を選択してから、急に数学と縁遠くなった。」

 第三段落は対策2と読書実例。「第二には、分析的な考えと総合的な考えを統合するということである。「成功の実現」という本位よると、中村天風は、直感力の優れた人だったが、医学博士の資格を持つなど分析的な知識の裏づけも持っていた。どちらかに偏らない幅の広さが必要だということである。」

 第四段落は、反対理解と自作名言。「確かに、分析主義の行き過ぎは是正する必要がある。特に現代の医療はいまだに、悪い部分は切り取って解決するというような発想が多い。しかし、是正を急ぐあまり、分析主義の成果を無視するようなことがあってはならないだろう。人間はひとまとまりの全体だが、手と足と頭ではやはりそれぞれの役割が違う。違いを無視するのではなく、違いを生かした全体像を考える必要がある。「五十歩百歩」という言葉があるが、五十歩と百歩ではやはり違うのである。」

3.3週 
●そういう「定着文化」というか(感)
 内容:アラビアでフィールドワークをしているうちに、元遊牧民の人々が、定着を退行と感じていることがわかってきた。移動することによって浄化されるという思想を彼らは持っている。明日のことはわからないという彼らの文化では、契約が大きな意味を持っている。

 解説:日本の文化は、石の上にも三年という文化です。定着することをよしとする文化では、契約も口約束で十分です。日本で法律や契約が日常生活にあまり登場しないのは、定着文化とも関係があるのでしょう。しかし、世界には定着とは正反対の文化もあります。「A rolling stone gathers no moss.(転石、苔を生ぜず)」ということわざにも、二通りの意味があります。日本の定着文化の価値観だけで世界を見ていると、大事なことを見誤るということもあるかもしれません。
●そういう「定着文化」というか(感)
 第一段落は、要約と意見(予測問題)。「アラブには移動文化がある。日本は定着文化だ。しかし、今、日本は次第に移動文化になりつつあるのではないか。定着文化のよさを失うことに問題はないか。」

 第二段落は、対策と体験実例。「第一の対策としては、継続することを大事にする文化を守っていくことだ。私も、親からよく貯金をしろとか、『石の上にも三年だぞ』と言われる。父はもちろん、一つの会社にずっと勤めている。」

 第三段落は、対策2と社会実例(読書)。「第二には、それぞれの会社や家族が自身の独自性というものを大事にし、安易に横並びにならないことである。グローバリズムに対応するために、年功序列を否定し始めた会社は多いが、定着文化のよさを残しつつ改革を進めていかないとかえってマイナスになる。『二宮翁夜話』によると尊徳は、「入るを量りていずるを制す」を経営改革の要にした。入る量が決まっているという定着文化の特徴を生かしたところに、尊徳の独自性があった。」

 第四段落は、反対理解と自作名言、又はことわざの加工。「確かに、日本はこれから移動文化のよさも吸収していかなければならない。しかし、定着文化のよさも守っていくことが大切だ。日本人にとって、移動とはよりよいところに定着するための移動である。『転石、苔を生ぜず』という言葉があるが、よりよい苔をつける場所を探すために転がるのだと考えるべきである。」